2017年6月28日水曜日

ニトリHDの似鳥会長、個人消費「腰が折れた」(日経新聞) ; Q流通業が苦戦しているのはなぜでしょうか。 A似鳥会長「一番の理由は、給料が増えていないこと。給料が上がらないと消費も伸びない」... 


(略)

 ――足元の個人消費をどのように見ていますか。

 似鳥会長「今期に入ってからは全般的に悪い。総合スーパーなど多くの業態で前年比マイナスが続いており、ちょっと腰が折れたのではないかと考えている。当社については、昨年の上期(3~8月期)が良すぎた反動もある。どこまで環境悪化が続くかは予想できないが、8月までは続きそうだ」

 ――流通業が苦戦しているのはなぜでしょうか。

 似鳥会長「一番の理由は、給料が増えていないこと。給料が上がらないと消費も伸びない」

(略)

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清原和博、1年半後の告白。「ひと気のない深夜の甲子園で」 (Number)


永享3(1431)年1月~6月 義教初期(1430年代初め)、将軍直轄軍としての奉公衆体制が整備固定 ジャンヌ・ダルクの宗教裁判~焚刑

平川濠と紫陽花
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永享3(1431)年
・この年、飯尾為種以下12人の奉行人、2ヶ条の起請文を提出。
①御成敗の趣が理に叶わなかった場合には遠慮なく言上すべきこと、
②他人奉行の件であっても裁許に相違があると聞いた時には担当奉行にその由を申すべきこと。
管領制に代るべき役割を担う奉行人層に対し、御前沙汰の公正さを期すための実効的手段。
将軍直属の吏僚体制の整備は、将軍権力専制化には不可欠の制度的所産であるが、その官僚機構は、制度的にも実体的にも管領ー守護を統御し得るものではない。
結果として、幕府将軍権力の立脚基盤の矯小化に連なり、幕府が山城中心の地域権力と化す第一歩ともなっていく。

また、吏僚機構の整備と共に、将軍権力の軍事的基盤の強化に努め、将軍直轄軍としての奉公衆体制が、義教初期、1430年代の初めに整備固定される。
この期は守護の領域支配の展開期でもあり、これに対抗する国人は、安芸の小早川氏や武田氏のように、中央将軍権力との結合を指向する。義教はかかる国人層も積極的に軍事的基盤に編成していく。

①奉公衆は室町幕府の御目見以上の直勤御家人。
②文安・永享・長享の各番帳にみえる人員構成は、
(a)足利氏一門・守護大名の庶流、その被官=又者、
(b)足利氏の根本被官、家僚的奉行人層、
(c)有力国人領主、の3者に大別出来る。
③所領所在国の地域分布は、近江・三河・尾張・美濃4ヶ国に集中、ついで北陸・山陰・山陽諸国。
④奉公衆体制は、将軍義教の初期(おそらく永享初期)に整えられ、応仁・文明の大乱を経た後の将軍義材の延徳3(1491)年の江州動座の頃までは、ほぼ健全に機能。
⑤奉公衆の番所属は家毎に殆ど譜代化・固定化されていて、各署衆は番毎に強い連帯感情をもって行動。
⑥奉公衆は室町幕府の料所を頂け置かれ、幕府の経済的基礎をなす。
⑦守護大名の一族庶流が個々に将軍直勤の奉公衆としてとらえられ、奉公衆中の多数を占めるのが守護から独立して将軍に直結する有力国人領主であることは、有力守護大名を牽制・統制して中央への依存性を強めさせる機能を果すことになる。
⑧特に有力国人において、奉公衆は地方における将軍権力の拠点。
⑨奉公衆体制の実質的崩壊が、将軍権力の没落を意味する。
⑩奉公衆は東山文化の主要な担い手。

五味文彦の指摘:
①奉公衆は、六波羅所轄下西国御家人によって勤仕されていた在京番役をする「在京人」(在京御家人)を継承したもの。
②奉公衆体制は斯波義将の管領期に成立。

奉公衆体制は、義教政権下の永亭初期に一段と整備され、15世紀末まで有効に機能。
将軍直属吏僚体制が整えられ、管領制に替って将軍権力の立脚基盤となったのも義教政権初期で、正長・永革期以降この15世紀末頃までの時期を、立脚基盤と支配地域を縮小しつつもなお将軍権力が一定の地位を維持しているという室町幕府権力の一つの段階と捉えることが可能。
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・山田庄の百姓が強訴逃散。
幕府は周辺14ヶ所の庄園諸領主に「逃散許容」を禁ずる命令を発す。

・この年、蓮如、青蓮院で剃髪。
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・ヴラッド・ツェペシュの父ヴラッド(2世)、オスマン・トルコに対する戦いにより、神聖ローマ皇帝よりドラゴン騎士団の騎士に叙任。
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・仏、マギステル・フランソワ・ヴィヨン、誕生(1432年説もあり) 。中世随一の詩人、「形見分け(小遺言書、1456年)」、「遺言詩集(大遺言書、1461年)」。1464年以降、行方知れず。
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1月3日
・この日付で、ヘンリ6世、ジャンヌを異端裁判にかけるためボーヴェー司教ピエール・コーションに託す。パリ大学は代表6名をルーアンに送る。
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1月9日
・ジャンヌ・ダルク宗教裁判の「予備審理」開始。~3月25日。
裁判長ピエール・コーション、イギリス勢力下の地域から陪審判事となる諸修道院長・教会法学博士らが召集され、趣旨説明が行われる。コーション手下のジャン・デスティヴィが検事となり論告文を作成。書記ギョーム・マンション、補佐ギョーム・コル(ポアギョーム)、ニコラ・タケル。これら3人は処刑判決破棄裁判の時には生存。
異端裁判の形式をとりながら、被告には弁護士が付かず、戦争捕虜として扱われる(城塞の牢獄に収監)。
~3月10日ルーアン城塞礼拝堂。10日~ジャンヌの牢獄にて非公開。
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1月18日
・酉刻、地震あり。
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2月
・ニュルンベルク帝国会議、ジギスムント皇帝、第5次異端撲滅十字軍の召集を欧州世界に布告。
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2月20日
・教皇マルティヌス5世、没。(位1417~1431コロンナ家出身)
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2月21日
・ジャンヌ・ダルクの宗教裁判。
午前8時、北仏ルーアン城内国王礼拝堂、裁判長ピエール・コーション。諸修道院長・神学博士ら聖職者42名陪席。この日ジャンヌは始めて出廷。人定尋問、ジャンヌは宣誓拒否。公開審理6回、牢内での小規模尋問7日を含む予備審理。裁判は5月24日にジャンヌが信仰の迷いを認める宣誓書に署名して終了。終身禁固刑。
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2月22日
・ジャンヌの第2回審理。
パリ大学神学博士ジャン・ボーベール、「神の啓示」について供述。「神の啓示」により、近くの町ヴォークールールの町の守備隊長で王太子派のロベール・ド・ボードリクールの許に赴き支援を取り付け護衛人と共にシノンを目指す。ブルゴーニュ派勢力圏を10日余り潜行、ロワール川を越えて味方の勢力圏ジアンに着く。これ以降、自己の使命を高らかに語り始める。
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2月24日
・ジャンヌの恩寵に関する供述。
「神様の恩寵に浴していないことが解るなんて、こんな悲しいことはありません。」との「良識」ある供述に、訊問側は戸惑う。
27日(火)、3月1日(木)、3日(土)と続き、1週間中断し、10日に再開。
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2月27日
・一色義範、将軍義満の代から恒例の将軍の訪問を受ける(「満済准后日記」同日条)。
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3月
・イングランド、ジャック・シャープの乱。
アビンドン、ロンドン、中部地方等の各地でロラーズの騒乱事件。第3期ロラーズの最大の事件。政治的性格強く、教会領の再配分をうたう綱領は、ウィクリフ本来の主張からはれている。
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3月3日
・教皇エウゲニウス(ユージェーヌ)4世、即位。(位1431~1447)。ヴェネツィア出身、ベネディクトゥス12世の甥。オルシニ家出身枢機卿の工作。即位後1ヶ月、コロンナ家と教皇との内戦開始。
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3月10日
・ジャンヌ・ダルクの牢内での非公開審理開始。~25日。
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3月26日
・ジャンヌ裁判「普通審理」開始。検事ジャン・デスティヴェが70ヶ条の論告文朗読。
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3月31日
・改めて教会への服従に関する訊問。
パリ大学のニコラ・ミディ(ジャンヌ処刑直前の最後の説教を引き受ける)作成の要約された12ヶ条の告発文提出。
訊問は、被告を矛盾に陥れる為、前後の脈絡なく行われる。悪魔、分派、妖術という観念にとり付かれた判事を前に、ジャンヌの敬虔な信仰心は明晰。
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4月5日
・ジャンヌ・ダルクの12ヶ条の罪状が決定される。
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4月13日
・ヴェネツィア、アッダ川を渡ることをカルマニョーラに指令。ヴィスコンティに対する新たな戦い
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4月30日
・ヴェネツィア、ポー河のヴェネツィア艦隊司令ニコロ・トレヴィザンに訓令
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5月12日
・土曜日、ジャンヌを拷問にかける討議。賛成・反対12。
13日、ルーアン城内で関係者が夕食会。ウォーリック伯リチャード、ピーチャムは、早く裁判を終らせるようにとの意図を伝える。
翌日、パリ大学で12ヶ条の告発文を討議し、イギリス国王に書簡を送る。
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5月24日
・ジャンヌの改悛事件。
サン・トゥーアン墓地で公開集会。ピエール・コーションが最終判決の朗読を始めると、ジャンヌはこれを妨げ、「被告は、すべて教会が命ずること、我ら判事が述べ、決意すること、すべて我らの命じ、望むところに従う旨を申し立てた」(裁判記録)。
ジャンヌは改悛の誓約書に署名を命じられる。
ジャンヌは服従の誓いを繰り返させられるが、署名は拒否。最後には、署名の代りに十字を記す。
ピエール・コーションは、ジャンヌを破門から解放する判決文を読み、「キリストのご受難を偲ぶパンと水のみによる永久入牢」となる。
午後、異端検察官代理はジャンヌのもとに赴き、女の服に着替える様に命じる。
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5月28日
・ジャンヌが再び男の服装を着たとの報告を受けて、コーションが牢獄で訊問、(望み通り)戻り異端とする理由にする。
当時、ジャンヌは獄中で暴行の対象となり、また、イギリス人獄吏が故意に女の服を隠したことが、後の処刑判決破棄裁判で明らかになる。
コーションは、陪席者38人を召集。再度ジャンヌを説教するというフェカン修道院長の意見に、2人以外が賛成するが、コーションはこれに耳を貸さず、ジャンヌを戻り異端とする。
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5月29日
・教皇エウゲニウス4世、ローマでの党派抗争による動乱のためフィレンツェに移住。就任当初、コロンナ党により数週間閉じ込められる。
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5月30日
・ジャンヌ・ダルク(19)焚刑
ルーアンの中心ヴィユー・マルシェ広場でジャンヌの最終判決。
教会裁判後、世俗裁判所に移されて処刑宣告する慣例を無視して処刑執行。焚刑。
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5月31日
・ジャンヌ裁判は誤りと述べたドメニコ会修道士ピエール・ボスキエ、水とパンのみの1年の禁錮刑。
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6月
・大内盛見(義弘の弟)、筑前深江(福岡県二丈町)で少弐満貞と戦い敗死。
甥の持世が後継、幕閣の支援を得て少弐満貞父子を秋月城(福岡県甘木市)で斬殺。
大内氏と九州。
1379年、筑前の糟屋郡が大内氏に与えられる。大内義弘は九州探題の地位を狙うが、1395年、今川貞世の探題更迭後は、渋川満頼となる。
義持の晩年、大内氏は筑前守護に任命。
1441年嘉吉の乱後、少弐氏が一旦筑前守護に返り咲き、後、大内氏がこれを奪回。
少弐氏の筑前における勢力は強く、歴代大内氏は筑前分国維持確保に苦しむ。
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・ポー河におけるヴェネツィア艦隊の敗北
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・~7月、オスマン・トルコ軍、トランシルヴァニア侵入、ブラショフ付近で略奪。
トルコの庇護により公位についたワラキア公アレクサンドル1世アルデアの先導。
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6月2日
・イギリス軍、戦闘再開。
「乙女の魔力」という脅迫観念から解放される(摂政ベッドフォードの書簡)。
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6月8日
・ジャンヌの破門判決・処刑を通知するイギリス国王の書簡、神聖ローマ帝国皇帝・諸国国王・キリスト教世界の諸侯に出される。
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6月12日
・伏見宮家の根本所領の山城伏見荘の政所小川浄喜、同家領の遠敷郡松永荘の代官となる(「看聞日記」同日条)。
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(画像) 石碑「初代大坂船奉行所跡」の字は何とかしてほしいと思っています。 あと難波橋(画像の下)も... / 誰が書いたの?   


異次元緩和の先に、日銀が「巨額債務超過」に陥る可能性 一刻も早く脱却を図るべし  ― 野口悠紀雄 「現代ビジネスプレミアム」2017.6.28

もうこんなもんでは済まないんじゃないか? → 都議選 出口調査【「反安倍」の無党派層が動く】自民に激震「57 ⇒ 39」大惨敗 7つある1人区は全滅も 自民党が焦っているのは、安倍首相が街頭演説に立っても、立たなくても、どちらもマイナスになること 投票日まであと4日。〝反安倍〟の空気はどんどん強まる一方(日刊ゲンダイ)






▼今年1月の安倍晋三と小池百合子の約束

明日発売の「週刊新潮」。金子恵美が公用車で保育園&未公開 豊田真由子 最恐文言ほか 「魔の2回生」図鑑 / 「金子恵美」代議士に公用車の私的使用疑惑 また“魔の2回生” / 6月29日発売の「週刊新潮」では、重婚ストーカー「中川俊直」の現在、アル中代議士「橋本英教」らと共に、“魔の2回生”たちを特集する。


下村博文自民党東京都連会長 加計学園から闇献金200万円 (週刊文春6/29発売) / 下村博文元文科相 加計学園から200万円違法献金の疑い(文春オンライン); 3年間で1千万円












東電の新社長 双葉町で 「間違えてます」記者指摘 ; 東電体質...。原発事故をもはや軽々しくしか捉えていない。東電新社長があいさつ回りで、双葉町役場で大失態。「避難解除」と「避難指示解除準備区域」の違いさえ認識できずに、間違いを記者に指摘され、平謝り。(画像は報ステ)



2017年6月27日火曜日

【敗北】記者会見で菅官房長官が泣きそうな表情に。しかし追及するのは東京新聞とジャパンタイムズのみ・・ 今までこんな質問してくる記者がいなかったから菅官房長官の防御能力は弱り切ってますね





安倍首相「ホーム」で初応援 都議選告示後やっと(日刊スポーツ);「終了後、会場を後にする首相に、支援者から「うそはつかないでください」と声が飛んだ。」 / 「印象操作じゃないでしょ」安倍首相が初の応援演説にヤジも / 【加計疑惑批判のヤジ恐れ街頭に立てない安倍首相に党首の資格ナシ】事実上の外出禁止令 支援者からも「印象操作じゃないでしょ」と不満の声 告示から4日目で初めて都議選の応援に 選んだ場所は自民党の支援者のみで埋め尽くされた小学校の体育館 威勢がいいのは言葉だけ(日刊ゲンダイ)










稲田朋美、公選法違反・自衛隊法違反(というよりも、常識から大きく外れてる)、一発退場でしょ ; 都議選応援「防衛省、自衛隊として」 稲田氏、後に釈明:朝日新聞 / 「自衛隊としてお願い」稲田朋美防衛相、都議選応援 行政の中立性で問題も(産経) ← 初歩的なことさえも理解してないのか、「一強」なので何をしてもOKと思ってるのか。 「何ら問題ない」とスガは言うかな / 通底するのは権力の「私物化」 / 安倍総理出身派閥「細田派」から、問題人物が続出。/ 星浩キャスターは「稲田さんは無知、無理解。重要閣僚として失格。安倍首相の任命責任重大」と / 南スーダン日報でワンアウト、「森友学園顧問弁護士だったことない」でツーアウト、今回の「自衛隊としてお願い」でスリーアウト、チェンジ!即刻罷免すべき。         



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▼ヒゲがカッコつけてるけど、・・・





▼軽薄!









音楽が音楽であるのは、それを音楽と受けとる耳があるからだ。 相倉久人  (鷲田清一『朝日新聞』折々のことば2017-06-23)

音楽が音楽であるのは、それを音楽と受けとる耳があるからだ。
相倉久人
「聴く耳さえあれば、波の音や街の雑踏も立派に音楽として成立する」と、音楽評論家は言う。
音楽は、奏でる人、聞こえる音と、それに耳を傾ける人の共同作業としてある。
このことは、深い悲しみの中に沈む人の語りについても言える。
言葉は、聴く人の、祈るようにして待つ耳があってはじめて、ぽろりとこぼれ落ちる。
「FMfan」(2000年第21号)のCD評から。

(鷲田清一『朝日新聞』折々のことば2017-06-23)

『朝日新聞』折々のことば2017-06-23




小池都知事:2017年12月まで自民党籍(毎日新聞); 小池百合子は、2017年1月のテレビ番組で、自民党の党費を『払っていない』と虚偽答弁。実際には、知事選前の2016年7月頃に自民党費をきっちり納付して、2017年党員資格を得ていた。 ← この人、うさんくさい。

「萩生田官房副長官を証人喚問せよ!」(サンデー毎日6月27日発売) / 安倍政権:謀る「逃げ切り改造」全内幕 支持率急落で大迷走 「問題閣僚」は総取っ換え 目玉は「小泉進次郎と橋下徹」か / 「加計劇場」の“脇役大賞”は『東京新聞』の女性記者に決定!








2017年6月26日月曜日

今日のお昼は和食でゆっくりと で、そのうち昼呑みに。。。 2017-06-26

6月26日、くもり。
今日は中華街近く、山下公園まえの、とあるホテルの和食のお店でゆっくりとお昼ごはん。
そのうちに段々と昼呑みになった、、、との説もある。
菊正宗の冷酒って初めて飲んだよ。

食後、中華街を歩いて、途中で中国茶のカフェに。
台湾のものだという鉄観音を頂いたが、ずっと昔に住んでた南洋国で頂いた鉄観音と香り・味は同じだった(あたりまえか)。

で、今日は、当然ながら晩ご飯は抜き。
(おなか的には、それでもお釣りがくるくらいだ)













藤田嗣治《サイパン島同胞臣節を全うす》 (国立近代美術館所蔵作品展MOMATコレクション 2017-06-20)

藤田嗣治《サイパン島同胞臣節を全うす》
(国立近代美術館所蔵作品展MOMATコレクション 2017-06-20)

「臣節の全う」
この絵の主題に、これ以上に正確な解説はないだろう。

つまり、
悲惨というなかれ。
神々しい、美しい、ということこそがふさわしい。
という訳だ。

ここをきちんと批判的に観るようにしなければ。






マフィア化する政治 (『朝日新聞』考論 長谷部・杉田2017-06-19);「1強」なのに余裕がない 反対するやつは切り捨てればいい まさにむき出しのマフィア政治 読売新聞を熟読せよと。身内意識を隠そうともしない、、、


マフィア化する政治
(『朝日新聞』考論 長谷部・杉田2017-06-19)
 
 数の力にまかせた奇手に個人攻撃。認めず調べず謝らず。
「1強」に余裕がなくなり、過剰なまでの強硬姿勢を見せる安倍政権。
森友学園と加計学園の問題では、数々の疑惑にフタをするばかり。
かつてないほどすさんだ政治の現状を、長谷部恭男・早稲田大教授(憲法)と杉田敦・法政大教授(政治理論)に語り合ってもらった。
浮かび上がったキーワードは「マフィア化する政治」だ。

「共謀罪」法 議会の慣例壊し危険 杉田
説明責任果たさず権力を私物化 長谷部

杉田敦・法政大教授 「共謀罪」法が、委員会採決を省くという奇手を使って成立しました。対決法案については与党の一存で委員会採決をバイパスできるという前例をつくってしまった。議会の慣例は、将来にわたって議会政治を維持し、円滑に運用するために、立場を超えてつくられたものです。それを数の力で破壊することは許されないし、非常に危険です。

長谷部恭男・早稲田大教授 自分たちがずっと与党でいる前提に立たなければ到底できない、リスキーなことを安倍自民党は平気でやる。例えばこの先、自民党が下野して、衆参両院で共謀罪法に反対している政党が多数をとり、共謀罪は廃止します、我々も自民党をお手本に議論なしで採決強行しますと言われても、抵抗しようがありません。

杉田 最近はメディアでも、最後は与党案が通るんだから長々議論しても無駄だ、さっさと採決しろ、決めることが大事だという議論が多い。しかし国会における決定には当然、修正や廃案、継続審議も含まれます。決めることが大事だということと、与党案にさっさと賛成しろということは論理的には別では。

長谷部 この間の共謀罪の審議は確かにほとんど無駄でした。大臣が意味不明な答弁をし、多々ある問題点を詰められなかったからです。法律は単体では動きません。施行規則や政令も作らなくてはいけない。そうした下位の法令として何が必要か、そして裁判所がどう解釈適用すべきかについても、審議の中で明らかになってくることがある。議会でまじめな審議をすることには意味があります。

杉田 「1強」なのに余裕がない。これが現政権の特徴です。軽々に強硬手段に訴える。圧倒的な議席数を有しているのだから、国会会期を延長して、見かけだけでも整えればいいし、都合の悪い文書が出てきても「怪文書」などとせず、調査中と言えばいいのに、恫喝的な態度をとる。森友学園や加計学園をめぐる疑惑と重ね合わせて考えると、政治のあり方が、一種マフィア的になっているのでは。身内や仲間内でかばい合い、外部には恫喝的に対応する。米国やロシアの政治も同様です。

長谷部 公が私によって占拠されている。濃密な人間関係で強く結ばれた集団が、官僚機構や一部マスコミも縄張りにおさめ、社会一般に対して説明責任を果たそうともしないで権力を行使するとき、公権力は私物化され、個人間の私的な絆をテコに政治が行われる。社会全体にとって何が利益かを丁寧に説明し、納得を得ることで権力は民主的な正当性を獲得しますが、現政権はそんなものは必要ない、反対するやつは切り捨てればいいと。まさにむき出しのマフィア政治です。

杉田 首相は、憲法改正について読売新聞のインタビューで2020年の新憲法施行を目指すと表明し、改憲推進団体にビデオメッセージを送りました。しかし、いざ国会で説明を求められても答えず、読売新聞を熟読せよと。身内意識を隠そうともしない。公権力の担い手としての説明責任を放棄しています。

特区 恣意的行政になる恐れ 長谷部
規制 不要ならすべて撤廃を 杉田

長谷部 マフィア政治を可能にした要因のひとつは、1990年代の政治改革で、首相官邸に権力を一元化したことですね。

杉田 そうです。理論通りの結果で意外性はありません。政治学者の多くは当時、官僚主導よりは選挙で落とせる政治主導がいいと主張していた。官僚主導には確かに、既得権を過度に保護するなどの弊害がありますが、専門性にもとづく一定の合理性もあった。政権交代がひんぱんに起こる政治になるなら話は別ですが、現状では、政治主導とは、各省庁の意見も社会のさまざまな意見も無視して、政権が何でもできるということになっています。

長谷部 特区という制度自体が恣意的な行政につながりやすい。一般的な規制を特別に免除するのだから、放っておけば仲間のために使われます、それは。

杉田 首相は16日の参院予算委の集中審議で「岩盤のような堅い規制に挑戦すればするほど、既得権益を握る勢力の激しい抵抗は避けられない」と述べ、岩盤規制に政治主導のドリルで穴をあけたという論理で、加計学園に特別な便宜を図ったという疑惑に対抗しようとしています。過去には「岩盤規制といえども、私の『ドリル』から無傷ではいられません」とも発言していますが、そんなに不必要な規制なら、ドリルでなくブルドーザーで全部取り払うべきです。ドリルで局所的に穴をあけるから、えこひいきの疑いが出てくる。

長谷部 地方に大学をつくっても、地方の獣医師不足は解決しない。獣医師定員や待遇のあり方など、特区ではなく一般的な政策問題にすべきです。そうしないから、「総理の意向」で恣意的な運用が行われたと疑われる。政治家や公務員には、一般の人々とは違う倫理や潔癖さが求められます。社会一般の利益でなく、仲間内のために動いているのではと常に疑いの目を向けられるのは当然です。だから政治家や公務員は「李下に冠を正さず」。ところが安倍政権や自民党は、冠を正して何が悪い、疑うのは、げすの勘ぐりだと。全く逆転しています。

杉田 今回、前川喜平・前文部科学事務次官の告発については称賛の声があがる一方、先ほどの政治主導の観点から、官僚は政治家の決定に従うべきだとの意見もあります。

長谷部 政党政治から独立していることが官僚制の存在意義です。米国でも政治任用は必ずしも党派的に行われるわけではない。「たたき上げ」は政権にNOと言っています。今回露呈したのは、政権に反論できる回路が日本にはなく、忖度がはびこるという構造的な問題です。

杉田 内閣人事局をつくって高級官僚の人事を政治任用にしたのも、政権交代が一定程度起きることを前提に制度設計されていました。政権交代がありそうなら、官僚も現政権に対してある程度距離を置けますが、それがなければ無理です。政治改革推進論者は、制度を変えて日本の有権者を教育すると言っていた。日本人は二者択一的にものを考えないから政権交代が起きない、ならば小選挙区にして無理やり考えてもらうと。しかし、制度改革には限界があります。

改憲の道具として自衛隊利用 長谷部
首相の加憲論こそ「印象操作」 杉田

長谷部 自分の頭でものを考えるか、為政者の言う通りにしておけば間違いないと考えるか。そのせめぎ合いがいま起きているのではないか。右か左かではない。自分で考えて自分で判断をする人は、右であれ左であれ、共謀罪は危ないと思うでしょうし、マフィア政治は良くないと考えるでしょう。日本国憲法の理念は「どう生きるかは自分で判断する」。安倍政権はその理念を壊したいと思っている。自分でものを考える人間は、マフィアにとっては面倒なだけですから。

杉田 現憲法の「個人」を「人」に変えた自民党憲法改正草案はその意図を如実に示しています。ただ安倍首相は草案を勝手に棚上げし、9条に自衛隊の存在を明記する加憲を主張し始めた。自衛隊を憲法に明確に位置づけるだけで、現状は何も変えないと。

長谷部 首相はそう言い張っていますが、自衛隊の現状をそのまま条文の形に表すのは至難の業というか、ほぼ無理です。そもそも憲法改正は現状を変えるためにやるものでしょう。現状維持ならどう憲法に書こうがただの無駄です。日本の安全保障が高まることは1ミリもない。自衛官の自信と誇りのためというセンチメンタルな情緒論しかよりどころはありません。そう言うといかにも自衛官を尊重しているように聞こえますが、実際には、憲法改正という首相の個人的な野望を実現するためのただの道具として自衛官の尊厳を使っている自衛官の尊厳がコケにされていると思います。

杉田 憲法に明記されることで、自衛隊はこれまでのような警察的なものではなく、外国の軍隊と同じようなものと見なされ、性格が大きく変わるでしょう。首相が最近よく使う「印象操作」という言葉は、この加憲論にこそふさわしい。だまされないよう、自分の頭で考え続けて行かなければなりません。








菅官房長官を狼狽させた東京新聞女性記者の”聞く力” ; 政治部の記者たちはなぜこのように取材の基本手法で「事実」に迫ろうとしないのか? / 不潔な、余りに不潔な安倍政権の恥部(週刊ポスト) 



2017年6月25日日曜日

鎌倉 街角の紫陽花 大巧寺の紫陽花、アガパンサス、インドハマユウ 2017-06-23

6月23日
明月院から亀ヶ谷坂を越えて鎌倉へ。
鎌倉 明月院の紫陽花 明月院ブルー冴えわたる 2017-06-23

鎌倉 亀ヶ谷坂あたりの紫陽花 2017-06-23

鎌倉の街角のそこここに色んな紫陽花。

▼鎌倉の街角の紫陽花



▼大巧寺の紫陽花、アガパンサス、インドハマユウ




読んだ本 ;  橋口譲二著『ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち』(文芸春秋2016.1刊行)

読んだ本;
橋口譲二著『ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち』(文芸春秋2016.1刊行)

戦争前後に海外に渡り、戦後もその地に留まり暮らしている日本人へのインタビュー記録

合計10人の記録が収められている。
一番最初に収められているインドネシア(スマトラ)の笠原さんという方の記録の中にある、敗戦直後の日本兵の荒れ方、従軍慰安婦に関する記述(証言)を、読書メモとして残しておく。

笠原さんは東京で薬局を経営していたが、軍隊に徴用され、敗戦間際にインドネシアで現地召集。
敗戦後は朝鮮人慰安婦を故郷に送り届けることを命じられるが、集合地点に行く前に逃亡。
その後、インドネシア独立軍に従軍。
従軍中には、独力で種痘を培養して何万人もの命を救うなどの働きをする。・・・
インタビュー当時、膨大な量のインドネシアの薬草(研究)資料の完成途上であった。

(引用)アンダーラインは引用者による。

 ・・・、終戦になってすぐにシンガポールから逃げてきた日本軍の特殊部隊がスマトラに現れたこともあった。「奴らは大量のダイヤモンドやドル紙幣や兵器を持ってきてですね。言っちゃなんですが滅茶苦茶な連中でしたよ。戦争を止める気なんてなくてですね、あっちこっちで騒ぎを起こすもんだから、同じ日本人なんですが討伐命令が出たりしてゴチヤゴチャしちゃったですね」。

 日本の兵隊の中には戦争が終わり帰国船に来るまでの間、生き残ったという解放感に加えて軍隊の規律が有名無実となり、投げやり的な無頼に走る姿も目についた。「引き揚げまで用がないでしょう。勝手に方々の村を歩き回ってですね、村の娘たちを家から連れ出し乱暴してですね。農民相手に博打の胴元をやる兵隊もいたです。もう規範も何もなかったですね」と笠原さんは嘆いた。

 八月二八日に連合軍がスマトラに入って来た。
 スマトラに上陸してきたイギリス軍主体の連合軍の最初の命令は「日本人の女を出せ」。自分たちの欲望処理と戦勝国の自己顕示だった。「もう負けちゃったもんだから我々は命令に従うしかない」。しかし戦争が終わり連合軍が上陸してくるまでの一〇日間に、大半の日本人女性は医療船で日本に引き揚げていた。「料理屋の女の人とか待合の人とか軍政府の事務員とか、皆に白衣を着せて、看護婦の恰好ですね、医療班として陸軍病院に入れて、負傷兵と一緒に日本に戻した後だったんです」。笠原さんの話を聞きながら、戦勝国の軍隊がまず何を求めるのか理解できた。きっとどの国の軍隊も同じことを繰り返してきたに違いない。日本兵相手のオランダ人慰安婦の存在を思い出した。日本軍もインドネシアの地で同じことをやってきていたのだと思う。分かっていたからこそ日本人女性に看護婦の恰好をさせて、初めに日本への引き揚げ船に乗せて帰国させたのだ。日本人女性の代わりを務めたのが送還前の朝鮮人慰安婦だった。

 (略)

 笠原さんの記憶によると、終戦時の北スマトラには二〇〇〇人余りのインドネシア人慰安婦と四五〇人余りの朝鮮人従軍慰安婦がいた。笠原さんは医療班ということもあり慰安婦は割と身近な存在だった。「おかしな話ですけどインドネシア人慰安婦は自分から志願した人が多く、戦争が終わった後もお土産を持たせれば喜んで帰ったわけですけど、朝鮮人の方はこれは酷いんですね。朝鮮では慰安婦とか言わないで、日本軍の補助か何かをすると募集されて、中国南部から兵隊と一緒に仏印からスマトラにずっと付いて来た連中で、酪かったですよ。荒れちゃってですね、酷かったです」。戦争が終わると慰安所は閉鎖され、朝鮮人慰安婦たちは帰国までの間、ナツメヤシの実を入れる倉庫に閉じ込められた。

 医療班の笠原さんは何度か倉庫に慰安婦の様子を見に行く。「あぐらを掻いて博打はするわ酒を飲むわで酷いんです。日本語にすると言っちゃなんですがアバズレなんですわ」。笠原さんは「アバズレ」と形容したが、誤った情報で集められたうえに、戦争が始まると同時に香港の黄埔に上陸をした日本兵たちと一緒に海岸沿いに南下し、ベトナムからジャワ島に移動してきた。長い間気が遠くなるほど兵隊たちの相手をさせられた上に、何時解放されるか分からない状況下で、気持ちが荒(すさ)むのは自然なことのような気がする。むしろ慰安婦の人たちは荒むことで命を保っていたような気がする。

 それにインドネシア人慰安婦の人たちも、日本側からみた印象と当事者のインドネシア人側からみた慰安婦像では、違った印象が残るのも確かなことだった。日本側から見ると自主的に映る行動も、インドネシア人側からすると、鉄砲をもってインドネシアに上陸してきた日本兵を見ているだけに、見えない恐ろしさを感じていたのだと思う。喜んで帰ったというのも、解放された喜びに加えて、自分の国でのことだっただけに生まれ故郷の村に戻れる実感を掴めていたのだと思う。

 スマトラに残された朝鮮人従軍慰安婦の朝鮮への移送は二度に分けて行われた。一班の移送が終わり二班目の移送が準備される。その二班の朝鮮までの付き添い送り人に、日本側の責任者として笠原さんが指名されたようだと士官に耳打ちされた。笠原さんが選ばれた理由は英語とインドネシア語に堪能だったから。だがそのとき笠原さんは、船に乗れば殺されると思った。「日本人は恨みをかっていますから、移送船に乗れば途中で船から海に投げ込まれるか、朝鮮に着いたら間違いなく殺される」と。

 一班の輸送責任者は佐久間という通訳が指揮官の役を担った。「佐久間さんはおそらく殺されちゃったと思うんですけど、行方不明になって未だに消息はわかりませんですね」と笠原さんは佐久間さんのことが今でも気になっている様子だった。責任者といえば聞こえがいいが、ようは日本の軍政部が通訳や医療班に責任を押し付けたのだ。

 一九四六年四月一日に、日本軍政部の最後の引き揚げが決まった。最後の引き揚げ船が出る二日前に集結地に来るようにとの軍政部の特命を笠原さん一人が受け取った。その時、朝鮮で殺されるぐらいならスマトラで生きようと思い逃亡を決意する。

 (略)









「非正規のときには無かった責任感」:働き方改革「同一労働同一賃金」にみずから冷水を浴びせた安倍首相(上西充子)  ← これも神戸の右翼仲間に向けての後援会で。気安さからホンネが出たか。薄っぺらいメッキはすぐに剥げる。  






サンデーモーニング(6/25)。憲法改正。 青木理「安倍さんは最初の頃は(憲法の)日本語的な文言がおかしい所を直したいと言っていた。その後は96条、教育無償化、緊急事態条項ときて今は9条加憲。つまり変えたいだけなのでは。憲法を守らなくてはいけない最高権力者が変えたいから変えるということでよいのか」 / 憲法は権力者の所有物ではない。十分な議論が全く行われぬ中、総理の都合による改憲など許されるはずもない。日本は民主国家なのだ。 / 憲法を守れない首相に、改憲を語る資格なし! / 首相の改憲発言 自民・船田氏「国民投票でしっぺ返しも」  































サンデーモーニング(6/25)。関口宏氏;この問題はいろんな人物が登場してくるけど、主役は総理だよね?総理が言ったか言わないか、ということを周りが忖度しているだけで。その総理が、真摯に説明をすると仰っているなら、これは総理に直にお聞きしないといけないのではないのか。 / 岸井成格「官邸ぐるみで文科省に圧力をかけて急がした。萩生田 泉田 体制は総理の意向受けてなければあんな動きをするわけない。加計理事長は雲隠れしたまま出てこない。」

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サンデーモーニング(6/25)。前川喜平「官邸 内閣官房 内閣府に権力の集中が大きすぎる。権力は腐敗する。 独立性を持った権力があることによってチェックアンドバランスが効いて、一つの権力が暴走 腐敗するのを防ぐ。司法・警察といったものが政治と結びついてしまうと非常に危ない。」











政治を笑い、宗教を笑うことができるのは、とても幸せな社会である (釈徹宗) (鷲田清一『朝日新聞』折々のことば2017-06-19) ← 「批判なき選挙、批判なき政治」を目指して...大炎上中の今井絵里子議員も、これ読んどきゃ良かったのにね。わかるかな? 

政治を笑い、宗教を笑うことができるのは、とても幸せな社会である
釈徹宗

説法と落語の密接な関係を論じた宗教学者・僧侶の著「落語に花咲く仏教」から。
落語のユーモアはお偉方に射(さ)す権威をちゃかす。
またその篤信者たちにおける「信仰の偏り」を脱臼させる。
江戸時代には僧自ら本堂で語っていた。
民衆のどまん中、その低い場所から語りだされる仏教の教えにはこういう良い加減の懐の深さがあった。

(鷲田清一『朝日新聞』折々のことば2017-06-19)



▼「批判なき選挙、批判なき政治」を目指して...大炎上中の今井絵里子議員 






2017年6月24日土曜日

鎌倉 亀ヶ谷坂あたりの紫陽花 2017-06-23

6月23日
明月院のあと、亀ヶ谷坂を越えて鎌倉に向かった。
鎌倉 明月院の紫陽花 明月院ブルー冴えわたる 2017-06-23

実は、この亀ヶ谷坂の入口あたり、紫陽花ポイントでもある。
路傍に様々な紫陽花が植えられている。
一週間前の16日、東慶寺のあともこの辺りを歩いたが、その時は少しもの足りない感じがしたが、この日はバッチリだった。
鎌倉 東慶寺の紫陽花と花菖蒲 2017-06-16