2009年6月14日日曜日

東京 葛飾柴又 帝釈天 矢切りの渡し 深夜の千代田区徘徊

浅草をぐるっと廻って、時間がまだあったので葛飾柴又に行きました。私は初めての訪問。
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駅前にご存じ「寅さん」の銅像
颯爽として、どこか哀愁を漂わすいい銅像です
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山田洋次さんは、お祖父さんの代で満州に渡った家系に生まれたとのこと。
初めて日本の土を踏んだ時の感想は、
①なんて美しい「島」なんだろう、と
②電車が街中を走っている、という驚きだったそうです。
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帝釈天参道と映画の舞台「とらや」さん
右下の説明、少し写真が切れました
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帝釈天山門と境内
寛永8年(1631)年、中山法華寺の日忠上人の草創。
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帝釈天の庭園「邃渓園」と彫刻ギャラリー(入場料400円)
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帝釈堂木彫(昭和4年完成とのこと)
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江戸川まで出て、「矢切りの渡し」へ
下は、河川敷に植えてあったはな菖蒲(ピークをやや過ぎたところ)
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江戸川の堤から矢切りの渡し方面を眺めたもの。
われわれは、これと反対方向に金町まで歩き(1.6km)。
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金町で一杯飲って(一杯ではなくて「イッパイ」でしたが・・・)、帰りはまず地下鉄で二重橋駅へ。
駅に着いたところで、お仲間の一人が二重橋を見たことがないと云うので、私が案内して千鳥足で二重橋の前まで。
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ようやく、二重橋を見終えて(見えたのかどうか記憶がない)、馬場先門まで来たとき、余りにきれいな風景なので、とりあえずパチリと・・・。この時、午後10時40分頃かな。
あとで調べたら、重文「明治生命館」(昭和9年3月)とのこと。
この裏手(東京駅寄り)には、かのジョサイヤ・コンドルの「三菱一号館」(明治27年)があるのを、昨日(13日)の日経夕刊で知った(・・・遅かった)。
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かくして、梅雨入り宣言直後の「梅雨の晴れ間」の1日は終わった。
この日、21,000歩。
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矢切りの私の向こうは、「甲府台(コウノダイ)」。下総国の中心、国府のあったところ。
天文7年、国府台の戦いがあった。
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「矢切」は、この国府台の一角、台地が切れ落ちることに由来する地名らしい。
「葛飾」からして、下総国葛飾郡からきているそうだ。
今でも、市川、松戸、船橋、柏あたりを東葛飾とか東葛(トウカツ)と云うでしょ、という訳だ。
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ちなみに、柴又は「嶋俣」(正倉院文書)、川が入り組んで島が点在しているそんな場所を表わす地名に由来するそうです。
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