2012年8月19日日曜日

昭和17年(1942)8月25日 「今年女の洋服その裾いよいよ短くなりて膝頭すれすれなり。」(永井荷風「断腸亭日乗」)

京都 京都御苑 2012-08-15
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昭和17年(1942)
8月16日
八月十六日 日曜日 秋暑堪難きばかりなり。曝書例のごとし。
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8月17日
八月十七日。晝過三時頃より雷鳴はげしく驟雨沛然。夜初更に至りて霽る。芝口の金兵衛にて偶然清潭子に逢ふ。來月歌舞伎座にて高濱虚子作時宗といふ舞踊劇上演の由。清元梅吉杵屋栄蔵の両人目下節附中なりと云。また軍部よりの命令にて忠霊とかいふ踊吉田絃次郎氏起稿の由。
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8月18日
八月十八日。雨ふりしきりて風俄に寒し。
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8月19日
・八月十九日。雨後の晩風また更に冷なり。夜淺草を歩す。銀河皎々。
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8月20日
八月二十日。所得税金額訂正請求届書を税務署に郵送せしは今春四月頃なりしが昨日電話にて幸橋税務所へ出頭すべき由申來れり。午後赴きて直税課長に面談す。文筆所得金六千圓なりしを参千圓となす。
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8月21日
八月廿一日。晴れて風涼し。荷風全集草稿を校閲す。一昨年平井程一岩波書店の依嘱によりて編纂せしものなり。夜初めて蛼の鳴くをきく。
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8月22日
八月廿二日。晴。日暮再び大工岩瀬を訪ひしが家に在らず土州橋を過りてかへる。坊間流言あり煙草専賣局廃止せられ煙草の制作中止せらるぺし。軍人関係のところへは支那製の煙草を輸入し市中には一時煙草なくなるべしと。
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8月23日
八月廿三日 日曜日 十三夜頃の月冴えわたりて風凉しく虫の聲盛なり。舊暦の盆時分と思はるゝに門巷寂蓼たるさま秋も半を過ぎたるが如し。
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8月24日
・八月廿四日。晴。曝書。夜月よし。
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8月25日
八月廿五日。金兵衛に夕餉を喫す。今宵も月よし。歌川氏と烏森の縁日を歩す。今年女の洋服その裾いよいよ短くなりて膝頭すれすれなり。白粉つけず日にやけたる顔に剃刀當てしことも無きが如く頭髪蓬の如く近寄れば汗くさし
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8月26日
八月廿六日。毎日鴎外全集再讀。今宵月色また清奇なり。舊七月の既望なるべし。久振銀座を歩む。
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8月27日
八月廿七日。東南の風強く乱雲月を掠めて飛ぶ。夜十一時過金兵衛の歸途電車内にて偶然もとタイガの女給にて昭和八九年頃伊大利亜大使の妾となりゐたりし信子といふものに逢ふ。年は既に三十四五なるべきにむかしに変らず二十四五に見ゆ。西銀座の或酒場に行きて働きゐると語れり。世界の形勢時代の變遷には毫も煩はさるゝところなく其境遇の變化にさへさして心を労せざるが如き様子なり。これを見るにつけ無智の女ほど強きものはなし。
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8月28日
・八月廿八日。午後風雨東南より襲來りしが日暮に至り空霽れやかで(ママ)風すゞしき月夜になりぬ。
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8月29日
八月廿九日。残暑猶さかむなり。夜は月佳し。
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8月30日
八月三十日 日曜日 晝頃より雨はげし。夕方食事せむとて芝口に至るに新橋驛のあたり傘持たぬ女多く徘徊するを見る。金兵衛にて偶然清潭子の來るに逢ふ。木挽町稽古のかへりなりと云。
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8月31日
八月卅一日。午後杵屋五叟來話。共に出でゝ金兵衛に飲む。朝來天候不穏。燈刻驟雨あり。
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