2012年8月19日日曜日

消費増税の三つの歴史的意義(「朝日新聞」)の為政者目線あるいは統治者目線

前にも書いたけど(コチラ)、消費税を巡る議論での
「為政者目線あるいは統治者目線」が、実に嫌だ。

今日は、今日(8月19日)付け「朝日新聞」のコラム「波聞波問」の
見出し「「正味増税」の時代が来た」という記事(↓)

勿論「野田政権の功績は賞賛に値する」という基調である。
この人がいう三つの「歴史的意義」のうち、前の二つは
8月11日付け「毎日新聞」社説と同じである。
(「朝日」の第一点と「毎日」の第二点を、少し物言いは異なるが同じとした。)

<転載>
 まずは、二つの意味で政治史上画期的なことだと評価したい。第一に、その中身が国民に負担を求める純粋増税法だからである。過去の増税は、消費税3%の導入時(1989年)、消費税率5%への引き上げ時(97年)いずれも減税とセットで行われた。経済全体のパイが伸び悩み、従来のバラマキではない負の配分能力が政治に求められる時代、その第一歩を刻んだ、といえる。

 なお国民への説明不足だ 第二に、その不人気政策を与野党で合意したという政治方式の新しさである。2大政党制の下、ともすれば相手をたたくことに走りがちだった政治が、この重要政策の一点では国益に立ち、党分裂や一部議員の造反というコストを払いながら妥協することができた。山積する困難な政治課題を解決するための貴重な前例を作ったととらえたい。
<転載終り>

「朝日」は「正味増税」、「毎日」は「純粋増税」と呼ぶが、
今回の増税は、妥協も緩和も救済もない、徹底的に純粋な増税である、ということを言っている。
今回の増税は、徹底的にビンボー人を苦しめる過酷なものだということを、何の躊躇もなく言い切っている

正気か?と問いたくなる。

「朝日」の第三点は、理解に苦しむ荒唐無稽な論理。
(記事の半分の分量を割いている)
冒頭で、確かな社会保障を望むならもっと増税が必要と言っておきながら、
増税による社会保障の充実により、個々人は将来に備える必要がなくなり、
個人消費が増えるというのだ。

一体改革をテコにデフレを解消し、超高齢化ならではの新しい消費社会を造ろう。」だと。
ちょっとピンボケじゃないか?

冒頭で、三つの「歴史的意義」とは言うものの、
第三点は、「そのくらい野心的で、前向きな構えも必要ではないだろうか。」と、提案型である。
苦しまぎれ?

いまさら「提案」されても、もう後の祭りだ。

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