2012年10月29日月曜日

昭和17年(1942)10月 ガダルカナル作戦計画 「・・・ガ島飛行場を奪回、続いて一挙にガ島の敵を殲滅す。」 「鼠輸送」続く

東京 北の丸公園
*
昭和17年(1942)
10月
・関東軍司令部、総司令部に拡大。
*
・西安軍事会議。蒋介石、逃兵問題など軍隊の腐敗・堕落問題に強く言及。
*
・ベトナムのグェン・ハイ・タン、雲南で中国国民党軍の支持下にベトナム革命同盟会を結成。
*
・山西省公署、緊急省政会議開催、「山西省刷新新方案」決定
*
・米ルーズベルト大統領特使ウェンデル・ウィルキー訪中。
*
・廣水鎭事件。
中支湖北省應山県廣水鎭馬際の輜重兵第3連隊第1中隊で発生した下士官・兵による中隊長代理・中隊将校に対する、党与・暴行・傷害事件。

中隊長代理(第1小隊長)の軍紀粛正に反感を持つ下士官7名・兵32名が共謀、首謀者の曹長が週番士官として上番中に棍棒等をもって中隊長代理・中隊将校に集団暴行。
首謀者の曹長は死刑、中隊長代理も職権乱用の罪で懲役1年6ヶ月に処せられる。
*
・北海道、北海道農業研究会5名検挙。前年に2名。実態調査、研究発表等。
*
・東京、慶大出身者の「丘友会」4名検挙。研究会。
*
・東京、中央大内の「耕人」グループ7名検挙。同人雑誌発行。
*
・全国百貨店売場の縮小決定。
*
・産報青年隊長全国会議、深刻化しつつある「青少年工不良化問題」についての対応策を決議。
*
・福田清人「大陸開拓と文学」(「満州移住協会」)。
*
・大映の永田雅一専務、大映設立に際しての贈賄の疑いで拘引される。12月に釈放。
*
・映配、バンコック支社を設置。
*
・東京国民映画普及会結成。
*
・谷川徹三「日本文化原理の民族性と世界性」
*
・太宰治(33)、「花火」(戦後「日の出前」と改題)を「文藝」に発表、時局に添わないという理由で全文削除を命令。
*
・小林秀雄(40)、『文学界』座談会「近代の超克」。
*
・アルゼンチン、大統領選に向け社会党を中心に民主連合結成。CGTも参加。
*
・ヘミングウェイ(43)、企画もの「戦争文学選集:戦う男たち」の編集・出版作業にあたる他、1500部限定出版の特製本『誰がために鐘は鳴る』も出版。
*
10月1日
・朝鮮語学会事件。
辞典編集カード没収。言語学者ら33名、治安維持法違反容疑で検挙、2名獄死。'45年9月8日カード発見
*
10月1日
・朝鮮総督府、朝鮮青年特別錬成令制定。
総督府学務局に練成課を新設しこれを管掌させる。
12月、全土121ヶ所に青年特別練成所開設。
*
10月1日
・駆逐艦によるガダルカナルへの「鼠輸送」開始。
1日3隻、2日5隻、3日「日進」と駆逐艦9隻、5日3隻、6日6隻、7日5隻、8日「日進」と駆逐艦5隻、9日「竜田」と駆逐艦9隻、10日駆逐艦3隻、と成功。
*
10月1日
・夜、第2歩兵団長那須弓雄少将以下の青葉支隊司令部、ガダルカナル島カミンボ上陸。
*
10月1日
・国民新聞と都新聞が統合し、東京新聞となる
*
10月1日
・アメリカの政治問題小委員会、戦略的に重要な地域は国際的管理下に置くべきだと結論。
*
10月1日
・ドイツ、北スロベニアの正式併合を宣言。
*
10月3日
・第17軍、ガダルカナルの作戦計画を参謀本部に打電。
8日、ガ島攻略後の作戦方針を報告。

「一〇・二 〇三二〇発 沖参電第八〇八号 軍のガ島攻撃計画要旨左の如し 
一、方針 軍は海軍と協同し敵の新企図に対処しつつ所要の兵力の集結を待ちてガ島飛行場を奪回、続いて一挙にガ島の敵を殲滅す。攻撃開始の時期は十月中句末と予定す。・・・」

「一〇・八 一七二五発 沖参電第九〇七号 ガ島攻略後における作戦計画要旨(五日策定、八日一部訂正) 
・・・軍はガ島攻略に引き続き、一部をもって海軍と協力し、速かに他のソロモン島要地を奪回すると共に、速かに重点を東部ニューギニアに移動し、MO(ポートモレスビー)その他の要地を攻略して、ソロモン群島東部ニューギニアの線に確固たる防衛基地を構成す。MO政略は十二月初頭と予定す・・・この間、ガ島攻略に引き続き第二師団の一部を以て速かにレンネル島、ツラギ、サソクリストパル島等のソロモン島の要地を奪回す・・・」
*
10月2日
・これまでのガダルカナル戦の状況。
8月13日~10月2日、戦闘参加6,217、戦死633、戦傷505。
*
10月2日
・V2号打ち上げ成功
*
10月3日
・ウェーキ島増援、陸軍一個大隊上陸
*
10月3日
・第2師団長丸山政男中将は、「・・・十月十七日頃迄ニ飛行場附近ノ敵ニ対シ攻撃ヲ準備スへシ」との任務を持ちガダルカナル島タサファロングに上陸。
翌4日早朝、ママラ川(タサファロング南東5km)上流に戦闘指令所を設ける。

川口支隊長は第2師団長に状況報告。
日本軍兵力は海軍を含め約9千、うち戦病死等約2千、健在の者約5千だが、戦力回復にはかなりの日時を要するから、攻撃兵力としては期待出来ない、という
この頃、米軍は1万9千以上(日本側は約1万と見積もっている)。
*
10月3日
・野線重砲兵第21大隊第2中隊(九六式十糎4門)、ガダルカナル島タサファロング上陸。

この日の「日進」は、15榴4門、野砲2門、弾薬牽引車3、トラック2、特大発2、大発4と、丸山第2師団長以下231名を揚陸。
午後8時50分タサファロング着、午後10時45分、敵機の妨害甚だしく作業を中止、帰途につく。
自動車1、野砲2、野砲弾薬の大部、野砲中隊80名が揚陸できず。
往航時、3日午後3時35分、艦爆10機の攻撃を受け、投弾7、至近弾のため重傷2・軽傷4名を出し、船体に僅少の損傷を受ける。
復航時、翌4日午前4時50分、雷撃機4・B17-5が来襲、魚雷4発を発射されるが命中せず。
*
10月3日
・~7日。ドイツ『レガッタ(競艇)』作戦(白ロシアのゴーリキでのソ連パルチザン掃討作戦)
*
10月4日
・北ボルネオ、山脇ボルネオ守備軍司令官、クチン着任。
*
10月4日
・英軍、サークにコマンド攻撃
*
10月5日
・米艦載機、ショートランドを空襲。
*
10月5日
・米第8海兵連隊、ガダルカナル上陸
*
10月6日
・「戦時陸運の非常体制確立に関する件」を閣議決定。
近距離用の沿岸貨物船を南方に振り向け、石炭・銑鉄等の輸送は極力鉄道による、また、旅客輸送を制限。
*
10月6日
・米英、第2次対ソ武器貸与議定書調印。
*
10月7日
・ガダルカナル、第2師団が、マタニカウ川右岸の部隊を増強交代させようとした時、猛烈な砲爆撃を伴う敵の攻撃を受け、マタニカウ川左岸(西)2~3kmの線まで後退を余儀なくされる。
このことは、攻勢に転移する際の拠点と、飛行場砲撃のための砲兵陣地を失ったことを意味する。
*
10月7日
・情報局、南方占領地域の子供向けに「ヱホン・ニッポン」贈与
*
10月7日
・国連枢軸国戦争犯罪調査委員会
*
10月8日
・山西省第5次治安強化運動
*
10月8日
・迫撃第3大隊、ガダルカナル島タサファロング上陸。
この日、「日進」と駆逐艦5隻、往復ともに多数敵機の攻撃を受けるが、直衛水上機に救われ輸送は成功。
「日進」は、10榴2門、高角砲(海軍)4門、高射砲(陸軍)2門、トラック2、牽引車2、榴弾砲弾薬車2、特大発2、大発2、各種弾薬、糧食、燃料、人員176名を輸送。
*
10月8日
・インド、大規模な反英暴動、死傷者3300人
*
*

0 件のコメント: