2012年12月22日土曜日

「朝日新聞」論壇時評 高橋源一郎 民主主義の行方 憲法改正の「アート」な世界

「朝日新聞」論壇時評 高橋源一郎 民主主義の行方 憲法改正の「アート」な世界


①「会田誠展:天才でごめんなさい」(森美術館=東京)
 森美術館で開催中の、現代美術家・会田誠の展覧会に行ってきた(①)。
ぶっ飛んだぜ!
グロテスクでナンセンス、でもすっごく刺激的、うちの子どもたち(小1・小2)を連れてもう一回行こうかな。
こんなものを見せたら、イケナイ子になっちゃうかもしれないけど。

 可愛い女子校生が切腹したり、集団でミキサーにかけられたりするアブナイ絵から、太平洋戦争をテーマにしたシリーズ(日本軍の戦闘機がニューヨークを爆撃する風景とか)、ゴキブリや嘔吐をテーマにしたもの、ビンラディンが酔っぱらってくだを巻いているだけのヴィデオまで、「美術品様」と崇められることだけはお断り!みたいな風情で、でも、時代とバトルしてるところがナイスだ。

 サラリーマンの死体が山のように積み上がった大作「灰色の山」を見ていると、胸の中が怪しくざわめいて、野暮を承知で、これは一体何を暗示しているのだろうか、と考えてしまう。
現実すれすれのところで、ありえないものを描き、そのことで、いま見ている現実がなんだか嘘臭く見えてくる。
それが「アート」の力なんだろうか。

 いや、おれがそう思ったのは、最近、なによりも「現実」であるべき政治が、「アート」みたいになってきたからだ。

②自民党「日本国憲法改正草案」(http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/116666.html)
 いま最高の「アート」の一つは、今年の春に自民党が発表した「日本国憲法改正草案」じゃないかな(②)。
今度、首相になるらしい安倍晋三さんも最高顧問を務める憲法改正推進本部が作ったやつだ。
ってことは、これ、ほんとにおれらの憲法になっちゃうかもしれない。

 まず「前文」の文章が下手すぎて泣ける。
思わず添削したくなるが、わざとそう書いたんだろう。
「基本的人権」は目の敵にされているらしく、第12条にはわざわざ「国民の責務」というタイトルがつけられ「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」とある。
ちなみに現行では「(国民は自由及び権利については)常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」となってるから、人権、ずいぶん肩身が狭くなっちゃうね。
この「改正草案」では、「公益及び公の秩序」ということばが乱発されていて、これに反すると何でもアウトみたい。
えっ? たとえば、この論壇時評で政府批判をしたら「公の秩序」に反することになって禁止されるわけ?

 でも、「表現の自由」があるから大丈夫・・・と思っていたら、さあたいへん。
この「草案」では「表現の自由」はなくなってます。
正確にいうと、「第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する」に続いて新しい項目が登場してる。
「2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」のだそうです。

③togetter「自民党の西田昌司と片山さつきが、国民主権と基本的人権を否定してしまいました」(http://togetter.com/li/419069)
 この「草案」の起草委員たちが「主権は国民にはない」とか「天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的考え方です」といって物議を醸した(③)。
確かに首尾一貫してる。
でも、こんなのありえないし。
だから、どう考えても「アート」にちがいない。
人びとの覚醒を促すために、わざと反感をかうような表現をとったに決まってる!

 ふう。
もう「アート」はいいや。
難しすぎるよ。
もっとわかりやすいものを取り上げよう。

④特集「それでも民主主義」(アスティオン77号)
⑤ジョン・ダン「等身大の民主主義観」(同)
⑥宇野重規「内なるバランスの回復を目指して」(同)
⑦空井護「現代民主政1.5」(同)
 雑誌「アスティオン」は「それでも民主主義」という特集を組んだ(④)。ジョン・ダン(⑤)、宇野重規(⑥)、空井護(⑦)、それ以外の著者たちも違うテーマを扱いながら、底に流れているものは同じであるようにおれには思えた。

 それは、「民主主義」は「もうライバルが残っていない」(ダン)ほど優れた制度でありながら、民主主義がいまきわめて危うい状態にある、という考えだ。

 おれは、今度の選挙の直前、あちこちで「ほんとうに投票したいところがどこにもない!」という悲鳴のような声を聞いたが、この著者たちは、そんな声に耳をかたむけていたのだろう。

 宇野は、こう言う---かつては「共産主義」が「民主主義の敵」であった。
「敵」は「外」にいたのだ。
だが、いまでは「自らの内」にある。排外的なナショナリズムの熱を受けて「外国人・移民」が「敵」になる。
あるいは、平等を求めて生まれたはずの「民主主義」の下で、格差が増大し、そのことに人びとは奇妙なほど無頓着だ---と。
それはなぜなのか。
そこから脱することはできるのか。

 ほんとうに、これ以上の制度が考えられないのなら、おれたちは「これ」をなんとか使えるものにする努力をしなきゃならないのかもしれん。

⑧エクアドル憲法(引用元は以下。http://cade.cocolog-nifty.com/ao/2008/10/081012-6642.html)
 最後に、もう一度、「憲法」を読むことをお勧めしたい。
といって、あの「改正草案」じゃない。
あれは、現代「アート」で疲れるから。
おれのお勧めは、エクアドル憲法だ(⑧)。

 目玉は、「自然」自体の「権利」を保障している条項だ。
パチャママ(母なる大地)は「その存在と維持そして再生を尊重される権利を有する」と書いてあって、恣意的な乱獲を拒めるのだ。
いいなあ、エクアドルの草木は。
そのうち、おれたち日本人より人権(樹権?)が保障されてるってことになるのかも。

 よく考えてみれば、この憲法も、(むかつかない、人と自然に優しい)「アート」なんだけれど。
(以上)


論壇委員が選ぶ今月の3点
小熊英二=思想・歴史
・特集「それでも民主主義」.(アスティオン77号)
・特集「旗印なき解散・総選挙」(世界1月号)
・特集「東北復興」(同)
酒井啓子=外交
・木村幹「新大統領が直面する政治・外交課題」(中央公論1月号)
・土佐弘之「クロノトポスの政治的変容」(現代思想12月号)
・張寧「『釣魚島』の背後の中国の思想的分岐」(同)
菅原琢=政治
・砂原庸介「地方政党の危うい結集『第三極』を考える」(週刊東洋経済12月1日号)
・中野潤「漂流する巨大宗教団体・創価学会、迷走する公明党」(世界1月号)
・「働きたいけど働けない」(週刊東洋経済12月15日号)
濱野智史=メディア
・賀照田「中産階級の夢の浮沈と中国の未来」(現代思想12月号)
・與那覇潤・家永真幸・福嶋亮大「”ガチンコバトル”を避ける知恵---新世代の日中関係論」(http://dilemmaplus.nhk-book.co.jp/talk/2122)
・pha「田舎はオープンワールドRPGみたいだった」(http://d.hatena.ne.jp/pha/20121127/1354011976)
平川秀幸=科学
・福田健治・河崎健一郎「『被曝を避ける権利』の確立を」(世界1月号)
・アナンド・グローバー「国連人権理事会 特別報告者のプレス・ステートメント」(http://www.unic.or.jp/unic/press_release/2869/)
・大木聖子「ラクイラ地震の有罪判決について」(科学12月号)
森達也=社会
・町山智浩「新たな『連合』の誕生を予感させるオバマの大勝利」(クーリエ・ジャポン1月号)
・ロナルド・ドーア「政治の劣化は国民にも責任」(選択12月号)
・「『タカ派路線』のジレンマ」(AERA12月10日号)
※敬称略、要員50音順


担当記者が選ぶ注目の論点
社会の閉塞、どう捉える
議員の顔ぶれは選挙で代わるが、社会が直面する課題は変わらない。
解決しづらい「対立」や「閉塞」を角度を変えて捉え直す論考が目立った。

 張寧「『釣魚島』の背後の中国の思想的分岐」(現代思想12月号)は、反日デモを巡るインターネット上の言説を詳細に読み解いた。
「自由派」がネット上に発表した反日デモへのアピール文を巡る論争からは、当局の強いしばりの存在にもかかわらず、国内問題ですでに多様なスタンスが生み出されている現状が浮き彫りになる。

 隣国韓国については木村幹「新大統領が直面する政治・外交課題」(中央公論1月号)が、韓国で日韓関係の優先度が低くなっていると指摘する。
背景には、経済や軍事などでの中国との力関係の変化がある。
北朝鮮との緊張関係が続く以上、対米関係の優先度も高い。
一方、尖閣諸島問題などで中国と対立を深める日本は「北東アジアにおける国際関係の障害物」と見なされているという。

 自民党の大勝に加え、地域政党から生まれた「維新」の台頭も目立った総選挙。
砂原庸介「地方政党の危うい結集 『第三極』を考える」(週刊東洋経済12月1日号)は、小選挙区制によって、2大政党化が促進されるとは限らないとした研究を紹介。
地方政治のあり方が影響を与えるという。
議席数を増やした公明党を巡っては中野潤「漂流する巨大宗教団体・創価学会、迷走する公明党」(世界1月号)が、内情を報告している。

 日本に限らず、世界的にも停滞や閉塞が目につくなか、メリッサ・ウィリアムズ「グローバル民主主義の未来」(アスティオン77号)は「『ノー』の民主主義」に希望を見いだす。
アラブの春、ウォール街の占拠運動など、国を越えた「運動」の広がりの中に日本の「アジサイ革命」を位置づける。
(以上)


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