2013年3月30日土曜日

安倍内閣の教育改革 「自民党が単独政権だった時代にすら手控えられていた改革案が、実行に移されようとしている」

毎日JP
これが言いたい:画一化の懸念が大きい安倍内閣の教育改革=広田照幸
毎日新聞 2013年03月28日 東京朝刊

 ◇教育者の主体性を奪うな−−日本大学文理学部教授・広田照幸

 昨年12月の総選挙では、教育分野の政策案は、残念ながらほとんど争点にならなかった。第2次安倍内閣成立後も、世間の目はもっぱら経済政策に向いていて、教育政策の動きへの世間の関心はどうも低調である。

 しかしながら、今後の日本社会のあり方に大きな影響を与えるかもしれない動きが、教育の分野で進んでいる。教育学者としては、気になって仕方がない。

 かつては自民党内の非主流派(タカ派)が主張していた暴走ぎみの改革論が、現実の改革案として前面に出てきている。道徳の教科化、教育内容の国家統制、教員管理の徹底、教職員組合つぶし、などである。自民党が単独政権だった時代にすら手控えられていた改革案が、実行に移されようとしているのである。

 気がかりなのは、それらの改革案が、政治と行政とで教育の現場を完全にコントロールしてしまいたい、という欲望に満ちているように感じられることである。

 「いじめ対策」という、だれもが賛同するテーマに便乗して打ち出された道徳の教科化は、国が定めた道徳を、画一的な内容と方法であらゆる学校に押しつけようとするものである。

 教科書の内容も統制が進みそうだ。自民党の公約には、「文部科学大臣が各教科書共通に記載すべき事項を具体的に定める」という案が掲げられている。

 これらは、国や行政が「正しいもの」を定め、画一的にそれを教え込ませるというやり方である。多様化や異質性への寛容が求められる現代のような時代にあって、時代の流れに逆行する方針のように私には思われる。市民的自由や多様な文化の尊重を先細りにさせ、民主主義を脆弱(ぜいじゃく)化させてしまうことになりかねない。

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 また、官僚制的な組織原理で学校や教員をより一層しばりたい、という改革案も並ぶ。

 教育委員会制度を改正して教育長を責任者化する案がまもなく議論される。これが実現したら合議制の教委を空洞化させ、権限が国あるいは首長に集中していく結果を生むだろう。

 「教育公務員倫理規程」(仮称)を作るという公約も出されている。これは一般の公務員とは別の倫理規程を教員に設定することになるから、おそらくそこには妙な教育論・教師論が紛れ込んでいくだろう。現政権の超保守的なイデオロギーが反映された偏った教員像が押しつけられるのが心配だ。厳格な教員評価の実施とか、教職員組合つぶしにつながる案も検討されている。上からの指示通りに動く教員ばかり増えていくことになるだろう。

 もしもこれらの政策案が実施されたら、現場の自由や教育の多元性が失われてしまう。

 1966年に中教審が発表した「期待される人間像」は「望ましい人間像を国家が定めてよいのか」と各方面から批判されたが、実はこの文書には、次のような文言が書かれていた。

 「ここに示された諸徳性のうち、どれをとって青少年の教育の目標とするか、またその表現をどのようにするか、それはそれぞれの教育者あるいは教育機関の主体的な決定に任せられていることである」、と。上から教育現場を一元的に統制するのはまずいという慎みが、当時は働いていたわけである。まともな見識だ。

 今回の安倍政権における教育改革の動きは、この「教育者あるいは教育機関の主体的な決定」の余地をまさに消し去ってしまいかねない。政治家や行政官僚が、教育の内容や日常過程を牛耳ろうというのが、今の改革論なのだ。本当に困ったことだ。ため息をつくしかない。




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