2013年6月30日日曜日

「朝日新聞」「論壇時評」2013-06-27 「立候補する人々 ぼくらはみんな「泡沫」だ」 高橋源一郎

「朝日新聞」「論壇時評」2013-06-27
立候補する人々 ぼくらはみんな「泡沫」だ    高橋源一郎

①映画「立候補」(藤岡利充監督、29日~公開)
②マック赤坂『何度踏みつけられても「最後に笑う人」になる88の絶対法則』(6月刊行)
映画の試写が終わり、テーマ曲が流れ出した。あれ?と思ったら、涙が出て止まらない。こんなの何年ぶりだろう。

「立候補」は、いわゆる「泡沫候補」たちを扱ったドキュメンタリーだ(①)。
彼らは、奇矯な格好で登場し、時には演説や政見放送で、突拍子もないことを言って、失笑されるだけの存在だ。
正直にいって、ぼくも、そんな風に思っていた。
だが、彼らの選挙運動を追いかけたこの映画を見て、ぼくの浅はかな考えは打ち砕かれた。
彼ら「泡沫候補」の方が、映画の中に出てくる「有力政治家」の橋下徹や安倍晋三よりずっとまともに見えたのだ。登場人物のひとり、マック赤坂はこう書いている(②)。

「『泡沫』候補なんて、選挙にはいない! みんながそれぞれ確かな信念と政策を持って、命がけで立候補している」

ラスト近く、総選挙投票前夜の秋葉原、マック赤坂は、安倍晋三の登場を待つ万余の群衆の前に現れる。
そして、すさまじい罵声や「帰れ!」コールを浴びながら、たった一人で踊り続ける。
その姿を見ながら、ぼくは気づいた。
あそこで「ゴミ!」と群衆から罵倒されているのは、ぼくたち自身ではなかったろうか。

ぼくたちは、この世界は変わるべきだと考える。
だが、自らが選挙に出ようとは思わない。
それは誰か他の人がやることだ、と思っているからだ。
いや、もしどんな組織にも属さないぼくたちが選挙に出たら「泡沫」と呼ばれ、バカにされることを知っているからだ。
そんなぼくたちの代わりに、彼らは選挙に出る。
そして、侮蔑され、無視され、罵倒されるのである。

③宇都宮健児・想田和弘 対談「政治を変えるために『選挙』を変える」(世界7月号)
想田和弘との対談で、都知事選にも出馬した宇都宮健児は「制度として、市民自らが政治に参加しようにも参加できない仕組みが構造化されている」と言い、たとえば、「世界一高い供託金」のルーツは1925年に制定された普通選挙法に行き着くが、それは「当時の無産政党の国政進出を阻むため」だったのだ、と指摘する(③)。
市民団体が政治に進出しようとすれば供託金の問題に直面し、逆に、既成政党は多額の政党交付金を受ける。いまの政治制度が誰のために存在しているかは一目瞭然だろう。

④安倍晋三インタビュー「憲法改正、靖国参拝 今日は本音で語ります」(聞き手・田原総一朗、中央公論7月号)
参議院選挙が近づいているせいなのか、首相の安倍晋三が、さまざまなマスコミに顔を出し、発言している。

たとえば、「少子化、人口減少にどう取り組みますか?」という田原総一朗の質問に対し「『女性が輝く日本』、仕事と育児が両立でき、生き生きと活躍できる社会の構築を打ち出しました」と安倍は答える(④)。
そして、それを読んだぼくは、なんだかひどく憂鬱になる。
本気かどうか疑わしいから? 
ちがう。
この人に代表される「政治家」のことばが、よそよそしく聞こえるからだ。

⑤武田泰淳「二人のロシア通」(『政治家の文章』所収)
半世紀以上前、作家の武田泰淳は、ある政治家のことばに触れ、こんなことを書いている(⑤)。

「叱っている彼から、叱られているぼくらへ一本の路が通っているばかりで、叱られる者から彼への路は、全くとざされている。この断絶のはなはだしさは、たんに彼ばかりでなく、ある種の政治家の文章が、たえずぼくらの頭上におっかぶせる暗さ、重くるしさである。

『どうしてこのような、悲しむべき断絶が、人間と人間のあいだに起りうるのであろうか。そして、まだまだこのような断絶から、ばくらはしばらく、解放されそうにない』と言う、あきらめに似た不透明な霧のようなものが、ばくらを包んでいる」

既成の政治(家)への「あきらめに似た不透明な霧のようなもの」に包まれて、棄権票は不気味に増えている。
では、ぼくたちはどうすればいいのか。

⑥出田阿生「愛と勇気とおばちゃんが世界を救う!」(世界7月号、全日本おばちゃん党のサイトはコチラ→全日本おばちゃん党(All Japan Obachan Party:AJOP)
「オッサンくさい政治はもう飽きた」といって結成された「全日本おばちゃん党」は、いわゆる政党ではなく、インターネット上に存在するグループだ(⑥)。
「大阪維新の会が出した『維新八策』の生活感のなさにあきれ」、対案として(果物のハッサクをあしらったイラストをつけて)「はっさく」を発表。
そこでは、「力の弱いもん、声が小さいもんが大切にされる社会がええねん」と主張されている。
橋下大阪市長の「従軍慰安婦」発言にも敏感に反応し、彼の発言を素早く各国語に翻訳し公開した。
怒りではなくユーモアを尊び、「ふつう」の人たちの感覚から離れない。
けれども、彼女たちの活動も、世間の「常識」からは「泡沫」といわれるのだろう。

⑦なだいなだ「人生の終楽章だからこそ”逃げずに”生きたい」(中央公論6月号)
最後に、先頃亡くなった、はだいなださんのことを書く。
なださんとは、同じ審議会の委員として月に一度、お会いする間柄だった。
深い経験に裏打ちされたなださんが話された後では、他の人たちの話が(ぼくも含めて)すべて薄っぺらに聞こえて困った。
そのなださんは、晩年、インターネット上に「老人党」を作り、平易なことばで、発言を続けた。
なださんは、絶筆の一つで、手術のできない癌にかかっていると告白した後、こう書いている(⑦)。

「正直言うと、どうせ死ぬんだから、ふがいない政治、今の社会をいっそ見放してしまえ、と冷めた気持ちになることもないとは言えません。だけど私はやはり、生きている間は社会に責任があると思っています」

なださんは「泡沫」がやがて大きな「波」になることを夢見つつ亡くなられた。
さようなら。お疲れさまでした。
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■論壇委員が選ぶ今月の3点
小熊英二=思想・歴史
・村澤真保呂「『橋下現象』の深層分析」(「これでおしまい『橋下劇場』」インパクト出版会)
・水島朝穂・小林節 対談「権力者の改憲論を警戒せよ」(世界7月号)
・吉崎達彦・小林慶一郎・熊野英生 座談会「日本経済、希望のシナリオ、絶望のシナリオ」(中央公論7月号)
酒井啓子=外交
・川島真・木村幹・渡辺靖 座談会「日中韓歴史教科書、なぜこんなにもすれ違う」(中央公論7月号)
・リンダ・ポルマン「ルワンダ大虐殺の教訓」(外交19号)
・「アルジャジーラがアメリカに殴り込み」(ニューズウィーク日本版6月18日号)
菅原琢=政治
・宇都宮健児・想田和弘 対談「政治を変えるために『選挙』を変える」(世界7月号)
・竹信三恵子「安倍政権は裏声で『女は家へ帰れ』と歌う」、(同)
・特集「不妊治療の光と影」(ウェッジ7月号)"
濱野智史=メディア
・ケネス・クキエル、ビクター・メイヤー・ションバーガー「ビッグデータの台頭」(フォーリン・アフェアーズ・リポート6月号)
・特集「安倍政権のメディア戦略」(創7月号)
・村澤真保呂「『橋下現象』の深層分析」(「これでおしまい『橋下劇場』」インパクト出版会)
平川秀幸=科学
・除本理史「『復興の加速化』と原発避難自治体の苦悩」(世界7月号)
・東浩紀「チェルノブイリから『フクシマ』の未来を考える。」(潮7月号)
・特集「3・11後のジャーナリズム 第2部原発報道を根底から検証する」(Journalism 6月号)
森達也=社会
・平井和子「軍隊と性差別の深い関係」(インパクション190号)
・斎藤貴男「安倍改憲政権の正体」(岩波ブックレット)
・中川淳一郎「やっぱりウェブはバカと暇人のもの」(新潮45 6月号)
※敬称略、委員50音順"


■担当記者が選ぶ注目の論点
「政治とメディア」を問い直す
夏の参院選を前に、政治とメディアの関係を、改めて考えさせられる論考が目を引いた。

「中央公論」「フォーリン・アフェアーズ・リポート」などに、安倍晋三首相のインタビューが相次いで掲載された。
副編集長が聞き手を務めた「フォーリン」誌で安倍首相は積極的にソーシャルメディアを利用する理由を、既存のメディアがコメントを部分的に引用するため、「私の真意がうまく国民に伝わらなかった」からとした。

「創」(7月号)は、安倍政権のメディア戦略を特集した。
香山リカ、下村健一らの「座談会 自民党政権のメディア戦略の実態」で、民主党政権の広報を担当した下村が、自民の戦略の方が優位と認めた上で「メディア戦略の優劣で政党の支持が決まってしまう。これは本当に不幸です」と指摘した。
中川淳一郎「安倍政権はネットをどう利用しているのか」では昨年秋ごろ戦略を変え、ネット上で支持されやすい「韓国叩き」「マスコミ叩き」などを安易に利用しなくなったとした。

一方、村澤真保呂「『橋下現象』の深層分析」(「これでおしまい『橋下劇場』」)は、グローバル化によって「大阪らしさ」が喪失した結果、旧来のコミュニティーから切り離された「新住民層」が生まれ、「維新の会」の支持層になっていると指摘した。

菅原琢「2013年東京都議選の簡単なデータ分析」は投開票日翌日の24日に自身のブログで発表された。
前回の結果と比較し、自民党の支持が「回復していることは確か」としつつ「敵が弱くなっただけで自分が強くなっているわけではない」と読み解いた。

ケネス・クキエルほか「ビッグデータの台頭」(フォーリン・アフェアーズ・リポート6月号)は、爆発的に増大する情報の活用で、もたらされる可能性や懸念について紹介している。




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