2013年6月25日火曜日

アベノミクスを問う<7> 限定正社員 工場閉鎖 安易な解雇も (東京新聞)

東京新聞
アベノミクスを問う<7>限定正社員 工場閉鎖 安易な解雇も    
2013年6月25日

 突然だった。一月三十一日、終業後の資生堂鎌倉工場(鎌倉市)の食堂で緊急集会が開かれた。工場長は集まった従業員たちを前に、二〇一五年三月で工場が閉鎖されることを告げた。
 閉鎖の主な理由は、業績不振による生産体制の見直しだ。

 「質問はないですか」。工場長の問い掛けに誰も答えない。榎本歩さん=仮名=は周りの同僚とともにぼうぜんとしていた。

 鎌倉工場では契約社員を含め約五百人が化粧水や口紅などを製造。榎本さんは、総合職の正社員に準ずる「生産特定職」として化粧品の生産に携わる。

 資生堂によると、生産特定職は工場専属の正社員で、技術の伝承と生産品質向上のため導入した。生産のエキスパートとして商品の製造や仕上げを担当。資格や人事評価、賃金は総合職と異なる。

 安倍晋三政権では、生産特定職のような仕事の内容や勤務場所を限定した「限定正社員」の普及をもくろむ。資生堂は「少子高齢化で労働者の減少が懸念される中、多様な雇用のあり方を国が後押しするのは経済活性化につながる」と期待する。

 榎本さんは四年前までパートだった。「今まではパートから正社員になれなかったが、そんな制度はもう古い。パートの方にも昇進のチャンスを与えます」。こう語る工場長の言葉に胸が膨らんだ。

 働きぶりが認められ、間もなく、生産特定職に登用された。半年契約の時給制から、無期契約の月給制となり、年収は約二倍に増えた。「よし、会社のために一生懸命働こう」と意欲に満ちていた。

 それが工場閉鎖で一変した。

 他の勤務地に異動できるのは総合職だけ。榎本さんのような生産特定職は、契約社員と同様に早期退職に応じなければ閉鎖とともに事実上の解雇となる。

 会社との個別面談で配置転換を求める榎本さんに、工場幹部は雇用契約をたてに「鎌倉工場限定の採用なので、あなたの行くところはありません」とにべもなかった。

 責任や誇りを持って働いてきた自負がある。榎本さんは「会社に裏切られた思いだ」と悔しさをにじませる。

    ◇

 安倍政権では、資生堂のように工場専属として雇っている限定正社員は、その工場を閉鎖すれば自動的に解雇できるルールを国で定めようとしている。

 日本は判例などで正社員の解雇を厳しく制限しているとして、企業は正社員の採用を抑制し、非正規を雇用の調整弁に使ってきた。政府は解雇ルールを緩和すれば、衰退産業から成長産業に人が流れ、新たな雇用増につながるという。

 子どもの学費や住宅ローンを抱える榎本さんにとって、何より求めるのは生活の安定だ。先日、工場内で再就職先の求人を探す専用端末の体験会があった。今の給与額で県内の求人を検索してみた。ヒットしたのは二件だけ。一件は薬剤師、もう一件はシステムエンジニアだった。

 労働市場の流動化による経済成長をうたう政府に、榎本さんは「まともな転職先もないのに…」といぶかる。

 資生堂は退職届を出せば、再就職先をもっとあっせんできると「踏み絵」を迫る。早期退職の一次募集の締め切りは今月二十八日。榎本さんの心は、まだ揺れている。(中沢誠)=おわり

<限定正社員> 仕事の内容や勤務地、労働時間などを限定して雇用される準正社員。転勤や残業を強いられる正社員より給与水準は低いが、一定の雇用の安定が確保されており、正社員と非正規の中間的な位置付け。安倍政権の成長戦略では非正規雇用の待遇改善や、フルタイムでは働けない子育て中の女性なども活躍できる多様な働き方につながるとして普及を目指す。
 正社員より解雇の基準を緩めたルール化も検討されており、政府は成長産業への転職を促す労働市場の流動化を狙う。労働者側からは「安易な解雇を助長しかねない」との懸念の声が上がっている。

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