2013年8月9日金曜日

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(80) 「第9章 「歴史は終わった」のか? -ポーランドの危機、中国の虐殺-」(その4) 「連帯」の夢は潰えた 「とにかく時間がない」

北の丸公園 2013-08-07
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気乗りしない受け入れ:「連帯」幹部会議の決断
 1989年9月12日、タデウシュ・マゾヴィエツキ内閣発足の日、新首相はポーランド史上初めて選挙で選出された議会の前に立った。
「連帯」幹部会議は経済に関する決断を下したが、最終結論を知っていたのは、ほんのひと握りだった
(サックス・プランなのか、ゴルバチョフ流漸進改革路線なのか、労働者の協同組合という「通常」の綱領なのか?)

 マゾヴィエツキがその内容を発表するそのスピーチの最中、彼の体がぐらりと揺れ、彼は演台にしがみついた。
「顔色が真っ青になり、苦しそうにあえぎながら、途切れ途切れに「気分が悪い」とつぶやいた」という。
側近がマゾヴィエツキを議場の外に運び出した。

 議場の下の階で医師団がマゾヴィエツキを診察し、心電図を取って調べたところ、状況は極度のストレスと睡眠不足による「急性疲労」ということだった。
1時間ほど後、マゾヴィエツキは再び議場に姿を現し、万雷の喝采で迎えられた。
「大変失礼いたしました」と、学者肌のマゾヴィエツキは言った。「私の健康状態はこの国の経済と同じです」

そして、決定内容が発表された。
急性疲労に見舞われたポーランド経済は、ショック療法による治療(しかも極めて過激な)を受けることになった。
「国営企業の民営化、証券取引所と資本市場の創設、交換可能な通貨、重工業から消費財生産への移行」および「財政支出の削減」を可能な限り迅速に、かつすべてを同時に行なうという。

「連帯」の夢が潰えた 決断を左右したのはカネ 「とにかく時間がない」
 ワレサがグダニスク造船所のフェンスを力強く乗り越えたときに「連帯」の夢が始まり、マゾヴィエツキが疲れ果ててショック療法に身を委ねたとき、その夢は潰えた。
最終的に決断を左右したのはカネだった。
「連帯」の組合員たちは、協同組合による経済の運営という考え方が誤っていると判断したわけではない。
しかし組合指導部が、何より重要なのは共産主義政権下で蓄積した債務の免除を得ることと、通貨を即刻安定させることだとの結論に至ったのだ。

協同組合の有力な提唱者の一人であるヘンリク・ヴェッチは当時、こう語っている。
「十分な時間があれば、成功させることもできるかもしれない。だがとにかく時間がない」。

 一方のサックスは、カネを調達する方途を見つけた。
彼の助力により、ポーランドはIMFと交渉して一定額の債務救済と、10億ドルの通貨安定資金を確保することができた。
しかし、その全て(特にIMFの資金)には「連帯」がショック療法に従うという厳格な条件がつけられていた。

ポーランドはフリードマンの危機理論の典型的なケースとなった
 ポーランドはフリードマンの危機理論の典型的なケースとなった。
ポーランドは、急激な政治的変化による混乱に経済危機によって生じた集合的不安が相まって、すぐに効く魔法の薬があると言われれば、たとえそれが幻想であっても抗しきれない魅力があった。

 人権活動家ハリーナ・ボルトノフスカは、この時期の変化の速さを「人間と犬の時間の違いのようなもの、あっという間に時間が過ぎた」とふり返る。
「そのせいで、人々は半分精神病的な反応を示すようになってしまった。自分たちの利益を考えて行動することができなくなったのです。混乱のあまり、何がいちばん自分のためになるかがわからなくなる - あるいはどうでもよくなってしまった」

民主主義のなかにあるぽっかり空いた、民主主義のない”フリーゾーン”のようなもの
 パルチェロヴィッチ財務相は、非常事態を利用するのは意図的な戦略であることを、もはや隠そうともしなかった。
あらゆるショック戦術がそうであるように、それは反対勢力を一掃するための手段なのだ。

「連帯」の構想とは内容も形態も正反対の政策を実施できるのは、ポーランドが「特別な政治状況」にあるからだ、とパルチェロヴィッチは説明した。
これは、意見を聞き、議論や討論を重ねる「通常の政治状況」が当てはまらない一時的状態であり、民主主義のなかにあるぽっかり空いた、民主主義のない”フリーゾーン”のようなものなのだ、と。

 「特別な政治状況とは定義上、その国の歴史の連続性が明らかに途切れた時期のことだ」とパルチェロヴィッチは言う。
「それは非常に深刻な経済危機であることもあれば、従来の体制の崩壊や、外部勢力による支配からの解放(あるいは戦争の終結)であることもある。ポーランドでは一九八九年、この三つの現象すべてが重なった」。
こうした特別な政治状況にあるからこそ、正当な手続きを脇に押しやり、強引に「立法プロセスを極端に加速して」、ショック療法一括法案を可決することができたというのである。
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