2014年7月9日水曜日

トマ・ピケティ『21世紀の資本論』って?(1) インタビュー『新しい資本論』 トマ・ピケティ(パリ経済学校教授) 『朝日新聞』2014-06-14

7月7日に引用したエントリ ↓ 
日本、格差の拡大に目を向けるべき=玉木OECD事務次長 — ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
の中に、下記の文章がある。

経済協力開発機構(OECD)の玉木林太郎事務次長兼チーフエコノミストは最近、日本と欧州を行き来する中で国民の議論の違いに気づかされた。日本では成長の促進ばかりが話題となるが、欧州ではいかにして格差を縮小するかが問題になっている。

 その証拠に、世界的に注目度の高いフランス人経済学者トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本論』はまだ邦訳されていない。世界の格差拡大を扱った同書は昨年フランスで刊行され、今春に英訳が出ると米国でたちまちベストセラーとなった。

つまり、元財務官僚にして現OECD事務次長玉木氏は、世界的に注目されているピケティさんの『21世紀の資本論』がまだ邦訳されていないほどに、日本では格差(およびその縮小)に関する議論が乏しいと言っている。

ふーん、『21世紀の資本論』か。
アメリカでは、5月に3週連続一位を記録したというくらいなので、もうそのうち邦訳も出るんだろうけれど、そろそろ日本でも話題になってきている様子なので、現時点で入手できるものを活用させて戴いて、その表面を撫でてみようと思う。

で、その第一回目は『朝日新聞』(2014-06-14)に掲載された著者ピケティへのロング・インタビュー。
(少しだけ段落を追加した)

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インタビュー『新しい資本論』 トマ・ピケティ(パリ経済学校教授) 『朝日新聞』2014-06-14

Thomas Piketty ; 71年生まれ。米マサチューセッツ工科大助教授などを経て現職。仏社会党に近く12年の大統領選でもオランド氏を支持。

現代のマルクス。ロックスターのようなエコノミスト。そんなふうに突然もてはやされるようになった経済学者がいる。パリ経済学校のトマ・ピケティ教授。マルクスの「資本論」の向こうを張ったような名前の新著がこの春英訳されるや、米国を中心にベストセラーに。経済的不平等の拡大を悲観的に描いた彼は、どこに希望を見いだすのか。

(インタビュー)
■経済的な不平等の拡大を論じた著書「21世紀の資本論」が大きな議論を巻き起こしています。世界の不平等問題で、何が起きているのでしょうか。
「ここ数十年の間で、二つの非常に大きな変化が起きています。
一つは米国でとくに目立つことですが、上級の企業幹部の収入が急上昇しています。米国では今、全所得の約50%が上位10%の人たちに渡っています。
そして、もう一つの方がさらに重要ですが、生産設備や金融資産、不動産といった資産の蓄積が進んでいます。こうした資産が、その国の1年の経済活動を示す国内総生産(GDP)の何倍あるのかを見てください。1970年時点では、欧州では2~3倍でした。それが今は5~6倍になっており、国によっては6~7倍にもなっています」

戦争がもたらした偶然の格差縮小
■資産の蓄積それじたいが悪いことなのでしょうか。
「問題は、資産を所有している人の偏りが大きくなりがちで、親から子へと引き継がれてしまうことです。私は『世襲資本主義』への回帰と呼んでいます。第2次大戦後の1950年代~70年代の高度成長期は違いました。少なくともフランスでは、持っている資産ではなく、能力主義だけで差がつくような新しい社会になる、という希望がありました。
しかしそれは、戦争で富が破壊されたからにすぎなかったのです。工場や建物が壊れ、インフレで金融資産も価値を失いました。しかも、それ以前の第1次大戦、大恐慌、そして第2次大戦にいたる期間に、民間貯蓄の多くが戦争に使われてしまい、資本の蓄積も難しかったのです。私たちは少しの間だけ、『資本家なき資本主義』という夢を見ることができたのです。
それが今はどうかというと、例えば米経済誌フォーブスの世界長者番付を見てください。1987年から2013年までの期間、最上級の資産家たちは平均の3倍以上のペースで資産を増やしています」

■どうして、そうした富だけが急速に増えるのでしょう。
「一つの理由は、大きな資産を持つ人は高い収益が見込まれる投資ができる機会が多い、ということです。
そしてもう一つの理由は、資産から得られる収益は経済成長率を上回る傾向がある、ということです。経済成長と収益が一致する理由はどこにもありません。産業革命より前の社会を考えてみてください。経済成長はゼロでも、地代は5%くらいあるのが普通でした。オースティンやバルザックなど、18~19世紀の小説を読めば分かります。そしてこの傾向は今も大きくは変わりません。市場経済が完璧に機能していたとしても、あてはまるのです。戦後しばらくの間だけ、成長率がきわめて高かったために資産の収益に接近しましたが、これは驚くべき偶然と言えるでしょう」

■     ■

富の偏在再び進む
■このまま不平等が進めば、貧富の差が激しかった第1次大戦前くらいまで拡大すると?
「分かりませんが、可能性はあると思います。資産の集中がどんどん進んでいく危険性は、深刻なものがあると思います。子どもが少なく、人口が増えない社会では、富の相続が大きな意味を持ってきます。人口減少が進むドイツ、イタリア、そして日本ではとくにそうでしょう」

「不平等は、公共の利益にかなう限り受け入れてもいいと思います。それが経済成長をもたらし、すべての人の生活水準を良くするものである限りは。
問題は、不平等が行きすぎることの悪影響です。政治的には、人々がグローバル化に背をむける危険性があります。国内的に問題を解決する手立てが見つけられないとき、人は非難する対象を外に探すものです。欧州の国でいえば、外国人労働者であったり、欧州連合(EU)やドイツであったり。
それだけではなく、不平等が行きすぎれば、社会階層や職業などの間の流動性を小さくしてしまいます。すでに米国では、教育の機会は非常に不平等なものになっています。ハーバード大学の学生の親の収入を平均すると、上位2%の年収と同じだといいます」

税の累進性強めよ
■では、不平等を小さくするには、どうすればいいのでしょう。
「教育の機会を拡大することが最も重要ですが、それだけでは十分ではありません。
収入と資産の両方に、額が大きいほど税率が高くなる累進課税をかける必要があります。100万㌦(1億200万円)の管理職の年収を10倍にしたところで、それほど業績が上がるわけではありません。最上級の収入の人に高い課税を求めることで、際限なく報酬が上昇するのを防ぐことができます」

国際的な協調カギ
「資産への累進課税は、もっと重要です。多くの国で不動産に課税していますが、このやり方では、住宅ローンを抱えた人も、相続した人も同じ額を払わなければいけません。資産から負債を差し引いた純資産に累進課税をかければ、中間層の資産形成を促し、大金持ちへの資産の集中に制限を加えることができます。
しかし、大金持ちは外国に逃げようとするかもしれません。国際的な協調が必要です」

■     ■

■国際的な累進課税ですか。何か夢物語のようです。
「簡単ではありません。しかし、不可能かといえば不可能ではない。スイスの銀行は顧客の秘密を外に出さない制度を守ってきました。5年前には、これが崩れるとは誰も考えなかったでしょう。それこそ夢物語だった。でも、米国がスイスの銀行に制裁しようとしたら、スイスは突然政策を変更しました」

■国際協調はどうしたらできるのでしょうか。G20(主要20ヶ国・地域首脳会議)で合意するとか?
「米国とEUの間で、貿易や投資の自由化のための話し合いがこれから進みます。このなかで、租税回避防止策や多国籍企業への課税など、税制の分野で協力できることはあると思います。
資産を世界規模で把握することは、金融を規制するうえでも重要です。
完壁な世界規模の課税制度をつくるか、さもなくば何もできないか、というオール・オア・ナッシングの進め方ではだめです。その中間に多くのやり方があります。一歩一歩前に進むべきです」

■課税の累進性を強めると、比較的富裕な層の経済活動が鈍くなり、結果として経済成長を鈍化させませんか。
「これは慎重に扱わなければいけない問題です。実利的に考えるべきです。すべては、どのような水準の収入や資産にどのような税率をかけるかに、かかっています。確かに年収20万㌦(2040万円)の人に80%の最高税率が課せられたら、やる気を失ってしまうでしょう。でも、年収100万㌦や500万㌦であれば大丈夫だと思います。資産への課税も同じです。巨額の資産があり、そこから年6~7%の収益を得ている人に1~2%の税金をかけることは大きな問題ではないでしょう」

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■著書は、米国でとくに読まれています。彼らは不平等が行きすぎたと感じているのでしょうか。
「米国が不平等を気にしない国だと考えるのであれば、それは間違いです。長いあいだ、少なくとも白人にとっては米国は欧州よりも平等でした。100年前には、欧州のように不平等になったらどうしようと心配していたくらいです。第2次大戦の直後、連合国に占領された日本やドイツでは一時、所得税の最高税率が90%になりました。米国が日独のお金持ちを罰しようとしたのではなく、それがいい税制だと米国で考えられていたからでした。民主政治が金権政治になるのを防ぐ財政制度が必要だと、彼らは考えていたのです。
しかし今日の米国では、不平等がどんどん進み、民主的制度への潜在的な脅威になっています。先日、米連邦最高裁が選挙向けの献金の上限を撤廃する判決を出しましたが、それを象徴しています。政治が少数のエリート層に握られてしまうことへの懸念が高まっています」

「不平等はいまのところ、欧州や日本よりも米国で大きな問題になっています。オキュパイ・ウォールストリート(ウォール街占拠)の運動が、東京やEU本部のあるブリュッセルではなく、ニューヨークで起きたのは偶然ではありません。でも、長い目でみれば、これはグローバルな問題になりえるのです」

●取材を終えて
ピケティ氏をパリに訪ねたのは、欧州議会選挙の2週間後だった。フランスでは、反移民を掲げる右翼・国民戦線(FN)が2大政党を押しのけて1位に。経済的な不満からグローバル化に背を向けてしまう懸念は、ここでは現実のものである。彼の処方箋に納得する人もしない人も、問題の存在に目をつぶることはできない。 
(編集委員・有田哲文)

解説『21世紀の資本論』
原文はフランス語で昨年出版された。英訳版の題は「Capital in the Twenty-First  Century」。
米欧での300年にわたる租税資料を分析し、1914~70年代を例外として、資本の集中と経済的不平等が常に進んでいることを示した。
マルクスが19世紀に予言したような資本家と労働者の激しい階級対立が起きず、資本主義のもとで不平等が縮小するかに見えたのは、二つの世界大戦と世界恐慌がもたらした偶然にすぎないと指摘。貧富の差が激しかった19~20世紀初頭に戻る可能性にすら言及している。
600ページを超える大部だが、数式を抑えた記述、バルザックなど文学作品の引用などもあいまって人気に。
ノーベル賞経済学者のクルーグマン氏は書評で絶賛し、「ピケティは我々の経済的論議を一変させた」と述べた。
邦訳は未刊行。

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その後、インタビューを担当された『朝日新聞』編集委員有田哲文さんが、
「ピケティ熱  アメリカが愛する「マルクス」」
という題でコラムを書かれている。

(抜粋引用) 
 その分厚い本は、ニューヨークの書店の目立つところに置かれていた。フランスの経済学者トマ・ピケティが書いた『21世紀の資本論』である。「発売当初は1日で店から消えた。こんなに売れる経済学の本は、ここしばらく見たことがない」と店員は言う。ニューヨーク・タイムズ紙によると、5月にはハードカバー・ノンフィクション部門で3週連続1位になった。

 マルクスの『資本論』を意識したような書名は、だてではない。米国と欧州の300年にわたる租税資料を丹念に調べた結果、資本の集中と経済的な不平等が常に進んでいることが分かったというのだ。第2次世界大戦の後に労働者が豊かになり、社会が平等になったのは、戦争や大恐慌で富が失われ、金持ちへの課税も強まったという特殊要因があったからにすぎない。格差の拡大は資本主義の本質であり、このままでは貧富の差が激しかった19世紀のような社会に戻るかもしれない、とまで言う。
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 ピケティの本の読書会が開かれる。そう聞いて、シカゴの喫茶店をたずねた。
どうしてこんなに注目されるのか? 主催者のコンピューター技術者アレックス・マックリースさん(26)に聞くと「いや、これだけじゃない。いまは不平等の本がたくさん出て、売れてるんだ」と言う。
「分裂」「貧富の差の時代」「不平等の代価」。そんな言葉をあしらったタイトルをあげながら、彼は「米国の経済学者の多くは不平等問題に冷淡だった。でも、これからたぶん変わってくるよ」と言う。
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 格差が大きくても、才能や努力に応じたものなら許せる。それはフェア(公正)だからだ。しかし、本当にそうか。米国の人たちにじわりと広がる疑念に、ピケティの書いた内容はぴたりと重なったようだ。

 ピケティが具体的に問題とするのは二つだ。一つは、所得だけでなく、資産に存在する格差だ。それの何が悪いって、親から子への世襲を許してしまう。もう一つは教育だ。米名門大学ハーバードの学生の親の平均収入が米国全体の上位2%と同じだという例をあげ、格差の再生産を警告する。
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 しかし、不平等をどう是正するかという提案には甘さがある。金持ちであるほど税率が高くなる累進課税を収入や資産に強める、金持ちが税金の安い外国に逃げないよう国際的に協調する、というのだが、「そんなこと実現できるのか」という声が強い。当然だろう。現状はむしろ、税金の引き下げ競争ばかりが目立つのだ。

 最近ピケティの勉強会を始めたというハーバード大学講師のリチャード・パーカーさんは「ピケティはこの本で、私たちが何をすべきかについて答えを出しているとは言えない」と語る。でも、それをマイナスとは捉えない。「みんなが考える問題として残された。1930年代にケインズが独自の理論を発表した時も、多くの人がそれを読み、政策実行につながる情報を集めた。同じようなことが今始まると思う」
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