2014年10月2日木曜日

「そんなことしている場合か」(小熊英二 『朝日新聞』2014-09-25) : 「安倍政権の2年間で判明したことは、日本経済の予想以上の体力低下だった」

江戸城 平川濠 2014-09-29
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「そんなことしている場合か」(小熊英二 『朝日新聞』2014-09-25) 

 国際学会や客員教授で外国を回る機会が多い。ここ数年でよく感じるのは、日本の存在感が、確実に小さくなっていることだ。

 まず何より、円の価値が対ドルでこの2年で約3割下がった。つまり、外から見た日本のGDPが3割減ったとも言える。もちろんこれは、日本の存在感の低下に直結する。

 円安は輸出企業には有利である。たとえ輸出量が伸びなくても、円建ての輸出額と業績はよくなる。また円安になれば、外国人投資家が日本株を買いやすくなり、円建ての平均株価が上がって、これも企業の業績改善につながる。すべて「円建て」の話だが、有利には違いない。

 しかし円安は、輸入品などの物価上昇を招く。また国際的に見れば、国民の財産は目減りする。いわば円安は、国民から消費税と財産税を徴収して、輸出企業を補助するのと似た効果を持つ。それで企業が国内の雇用や賃金を増やせばよいが、現状は必ずしもそうなっていない。

 それにもかかわらず、日本のマスコミや論壇には、円安を歓迎する論調が多い。これは企業の影響力が強い社会状況の反映だろうが、国外から眺めると、日本の論調は奇妙に見える。世界に占める日本のプレゼンスがどんどん減っているのに、それを喜んでいるように映るからだ。

 そのなかで安倍政権がアピールしている改革は、労働規制緩和、女性活用、法人減税、投資環境改善などである。個々の政策評価はさておき、これらはいずれも外国人投資家が重視する項目である。あえて皮肉な見方をすれば、これら一連の政策はすべて株価対策とも映る。株価を上げて支持を集め、それで政権を延命させて、憲法改正などにとりくんでいるというのが、数千キロ彼方から眺めた安倍政権の一面である。

 安倍政権の経済政策を単純化すれば、円安誘導で輸出産業を支援し、公共事業で地方経済を刺激するものともいえる。しかしこの2年間の結果は芳しくない。円安になっても、製造業の多くがすでに国外移転しているので、輸出が伸びない。公共事業で労働力需要が増えても、高齢化で労働力そのものが足りない。需要が足りないからデフレなのだといわれてきたが、需要が増えても労働力と国内生産力がすでにないのだ。

 つまり安倍政権の2年間で判明したことは、日本経済の予想以上の体力低下だった。景気刺激で需要が増えても、国内生産の増加ではなく輸入の増加となり、貿易赤字が増えた。原発停止による燃料輸入量増の影響など、相対的にはわずかでしかない。一方で高齢化は確実かつ急速に進み、財政赤字は績み上がっている。これが数千キロ彼方から眺めた日本の、偽らざる現状であると私には映る。

 この状況に日本がどう対応するかには、国際的な関心も高い。経済政策のみならず、東アジアには日本の高齢化対策への関心もある。韓国や台湾、シンガポールなどは、すでに出生率が日本より低くなり、急激に高齢化が進んでいるからだ。福島第一原発事故を経た日本がどういうエネルギー政策をとるかについても、それなりに関心は高い。

 ところが国外でこうしたテーマの質問を受けても、期待に応じる答えができにくい。ここ数カ月の日本で、もっとも熱心に論じられていたテーマは、憲法改正や反中・反韓、そして新聞の誤報などだった。しかもそれが、日本国内でしか通じない論じ方で議論されている。もちろん各国には各国独自の重要課題があるから、日本独自なのが悪いとは一概にいえない。しかしそれらが日本の議論の中心だと述べると、質問してきた側は失望したような表情をする。日本を遠くから見ていると、「そんなことをやっている場合なのか」と言いたくもなるからだろう。

 私もまた、同様の思いを強くしている。「そんなことをやっている場合なのか」。最近の論調を見ていて感じるのは、何よりもそのことである。

(おぐま・えいじ 62年生まれ。慶応大学教授・歴史社会学。『社会を変えるには』『平成史』など)


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