2014年10月30日木曜日

「自由の足元 支配と服従が横行する国」(高橋源一郎 『朝日新聞』論壇時評2014-10-30) : 「シャネル」の創業者で「女性の身体を自由にした」ココ・シャネルと石橋湛山、実は同時代の人である。

「自由の足元 支配と服従が横行する国」(高橋源一郎 『朝日新聞』論壇時評2014-10-30)

①コムデギャルソン(川久保玲)による発表「反戦(アンチ・ウオー)」(2015年春夏メンズコレクション=今年6月)
②記事「軽さと快適さ追求 ミラノ・パリ、15年春夏メンズコレクション」(本紙7月10日夕刊・東京)

 20年以上前のこと、ファッションショーによく通っていた。イッセイミヤケ、コムデギャルソン、ヨウジヤマモト。どれもが、まったく新しく、見て美しく、男物なら着て楽しく(奮発しないと買えなかったが)、強い刺激を受けた。

 川久保玲(コムデギャルソン)は1980年代初頭から、革新的な作品を次々発表するようになり、ファッションの世界に大きな影響を与えた。川久保のファッションをひと言で説明することはできない。だが、その底に、フェミニズムがあり、デザインによって、女性の身体や衣服に関する偏見や拘束に立ち向かおうとしたことは間違いないだろう。

 川久保はこの夏、パリのコレクションで、軍服をモチーフにした作品を発表し、大きな話題となった(①)。テーマは「反戦」。川久保は「私は服で何かを積極的に発信するのは好きじゃない。だが、今回はやることにした」と語っている(②)。元は軍服だったかもしれないその服は、カラフルに壊され、正反対の性質のものに変化しているように思えた。

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③シャネルの「デモ隊」(15年春夏パリ・コレクション=今年9月、撮影・大原広和氏)

 その川久保に呼応するように、先月末、もうひとりのデザイナー界の雄、カール・ラガーフェルドが、主宰する「シャネル」のショーのラストであっと驚くことをやってのけた(③)。スーパーモデルたちにハンドマイクやプラカードを持たせ、パリの街頭を摸した会場をデモ行進させたのだ。

 プラカードに書かれた文字が楽しい。「戦争ではなくファッションを」 「男も子どもを産んでみればいい」 「歴史を作ったのは女たちだ」 「ひとりひとり違っていてもいいじゃないか」

 これに対して、フェミニズムを商売にするもの、あるいは、痩せた白人モデルばかりで胡散臭い、との批判もあったが、ラガーフェルドは、(反移民や反同性婚を標榜する)政治党派・国民戦線の伸長がこの国の自由を奪おうとしていることをささやかながら訴えたかった、と応えた。どちらも、ファッションという文化がその根に持っている、強い自由への希求を感じさせる事件だったように思う。

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④安田浩一「外国人『隷属』労働者」(G2・第17号)

 『ネットと愛国』で知られる安田浩一の新しいルポ「外国人『隷属』労働者」を読み、強い衝撃を受けた(④)。

 わたしたちの国には「外国人技能実習制度」というシステムがあって、「技能」を学んだ後、「実習生」として滞在することができることになっている。だが、実際には、「技能」の「研修」などないに等しく、外国人は単に「安価な労働」として取り扱われているにすぎない。

 安田は、恋人の家に外泊したために、強制帰国させられそうになった例をあげているが、彼女が会社と交わした契約では、恋愛や妊娠(や携帯電話を持つこと)は禁止であり、強制帰国させられるのだ。転職(職場移動)の自由がなく、強制帰国の例が後を絶たず、正常な労使関係が存在せず、支配・服従の関係が横行する制度がまかり通っている。

 実習生たちの労働問題に取り組むある団体の責任者は、ワシントンで国務省の幹部から「実習制度は廃止すべきだ。米国の基準であれば、あれは人身売買以外の何物でもない」と言われた。

 外国人だから自由も人権も奪われていても気にならない、という社会では、自由や人権も空語でしかないだろう。

⑤ビジネスマンのための歴史問題」(週刊東洋経済9月27日号)
⑥「石橋湛山のアジア認識に学ぶ」(同)
⑦『石橋湛山評論集』(岩波文庫)

 「週刊東洋経済」の特集「ビジネスマンのための歴史問題」が異彩を放っていた(⑤)。特集では、日・中・韓の間にある歴史問題を、丁寧に指摘している。その視点は、「日本の外からはどう見えているか」で、冷静さが際立つ。

 いったいなぜ、一経済誌が、こんな特集を、と思ったが、途中の「石橋湛山のアジア認識に学ぶ」という小特集ページを見て、疑問が解けた(⑥)。

 石橋湛山は、「週刊東洋経済」の前身「東洋経済新報」に拠り、明治末年から長く、「日本の領土拡大・権益獲得の方針に一貫して強い批判を続けた」。ラディカルなリベラリズムの立場から、湛山は、言論の力のみで、政府・軍部に戦いを挑んだ。

 「アジア大陸に領土を拡張すべからず」と主張し、冷静な経済分析から、植民地支配は経済的利益などもたらさず、支配地の人びとの反感が、逆に、日本の経済的発展を妨げる、と訴えた。

 だが、湛山の主張の白眉は、1931年の「満蒙問題解決の根本方針如何」だろう。この社説で、湛山は、高まりつつあった中国の排日運動について、排日運動を支えるナショナリズム教育は、実は、日本もまた明治維新以来やってきたのと同じだ、と書いた(⑦)。

 「我が国民がいかに支那を知らざるかは、前々号に述べたる排日読本に対する我が国民の認識不足によって見てもわかる。と同時にこれはまた我が国民が我自らを識(し)らざる証拠とすることも出来る」

 他国のことを知らない国民は、結局、自分たちのことも知らないのだ。

 湛山は、戦後72歳で総理大臣になったが、病を得て、2カ月で辞任した。その後も、自由と平和を語り続け、1960年には「憲法を空文化」しようとする「歴代の保守党政府」を批判し、73年、88歳で亡くなった。半世紀にわたる湛山の評論活動を収めた『石橋湛山評論集』を読むと、湛山のことばが、いまもまったく古びていないことがわかる。

 「シャネル」の創業者で「女性の身体を自由にした」ココ・シャネルと石橋湛山、実は同時代の人である。

担当記者が選ぶ注目の論点

ナショナリズム台頭の背景

 世界各国で台頭する、ナショナリズムやポピュリズムの背景を探る論考が目を引いた。

 福田ますみ「プーチン支持率八五%熱狂の深層」(中央公論11月号)は、政権が報道統制を強めて高い支持率を維持しているロシアの現状を報告。マレーシア航空機撃墜事件について、世論調査で市民の82%がウクライナ軍の仕業と回答したといい、「ロシア政府が国内に仕掛けた怒涛のようなプロパガンダの”成果”」と指摘する。

 クリミア半島併合への反対者を念頭に、プーチン大統領が「わが国には……民族の裏切り者がいる」と発言した後には、反対派著名人の写真の下に「我々の中のエイリアン」と書かれた巨大な垂れ幕が、何者かによってモスクワの各所に掲げられたという。

 ヤシャ・モンク「欧米の政治危機とポピュリズムの台頭」(フォーリン・アフェアーズ・リポート10月号)は、現在のポピュリズムの隆盛は短期的な不況の影響でなく、子の世代が親の世代よりも高い生活水準を実現できなくなっていることなどが要因の「長期的な課題」と見る。

 「ポピユリスト右派は『マイノリティは甘やかされ、必要以上に大きな特権を手に入れ、困窮するサイレント・マジョリティから資源を奪い取っている』と考えている」が、マイノリティーの実際の所得などの指標は水準を下回るとも指摘する。

 「在日特権を許さない市民の会」(在特会)のデモと、反ヘイトスピーチ団体のカウンターデモを観察した東浩紀は、「市民と市民が……憎悪まるだしの暴力的絶叫をぶつけ合うという光景は、いままでの日本でそうそうなかったことはまちがいない。戦後日本のひとつの転換点が刻まれている」と記す(「在特会デモ&カウンター『観光』記」ゲンロン出版部)。




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