2015年5月26日火曜日

昭和18年(1943)10月3日~11日 怒河作戦(インパール作戦序幕) 関釜連絡船「崑崙丸」、米潜水艦により沈没。死者616 ソロモン群島ベララベラ島撤退 アピ事件(北ボルネオ) 「近頃では知識階級でかれ(東条首相)を高く評価するもの一人もなし。」(清沢『暗黒日記』)    

ハナショウブ 2015-05-26 江戸城(皇居)二の丸庭園
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昭和18年(1943)
10月3日
・ビルマ方面軍、インパール作戦序幕として怒河作戦開始。
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10月3日
・16軍司令官、ジャワ原住民軍隊「ジャワ防衛義勇軍」編成指示
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10月3日
「十月三日(日)
雨降る。毎日の雨で、しかも水道は出ない。
今朝のラジオで鉄道省と逓信省を一つにして運輸通信省、軍需省を作ったかわりに農林省を農商省にするとのことだ。(一)この大改革がビクともせずにやれるのはさすがだ。(二)しかし機構の変改は必然に一時能率を遮(さまた)げる。(三)「機構より人」をいう東条首相が、それをやらざるを得ないところに問題がある。機構の改革その事は悪くない。
(一)機構いじり ー 形式主義が依然としてイデオロギーの中心である事
(二)形式を変えなければ、それが中心で動いてきた役人は、そのセクショナリズムから離れ得ない事
右の第二は日本人の特異点として注目さるべきだ。
何人(なんびと)の頭の中にも、現下の最大問題が陸海軍の統合融和にあり、そこにまず省改廃のメスが下さるべきはずだと考えているのに、一言もこれに言及するものはない。」(清沢『暗黒日記』)
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10月3日
・スペイン、非交戦国から中立国に再宣言。
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10月3日
・イギリス本国艦隊とアメリカ補助空母のノルウェー攻撃で1万3000トンが撃沈される
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10月3日
・ドイツ『ポーラーベア(北極熊)』作戦(ドデカネーゼ諸島占領作戦)
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10月4日
・清瀬一郎『正気』発禁
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10月4日
・アメリカ、経済学者イーリ(89)没
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10月4日
・アンリ・ジロー将軍の連合国軍、コルシカ島を独から解放
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10月5日
・関釜連絡船「崑崙丸」、米潜水艦により沈没。死者616、福岡県沖ノ島付近。
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10月5日
「十月五日(火)
問題がなくなると「統制強化」をやるのが日本人の特徴だ。今朝の新聞は「防衛行政一元化、急速要望さる」「交易指導一元化」(『読売』)、「宣伝機関の一元化の必要性」「発注の徹底的一元化」(『毎日』)といった具合に一元化を説いている。「一元化、一元化で戦争終りけり」。
交通省といえばいいところを「運輸通信省」と長くいうところに事務官的特徴を見る。」(清沢『暗黒日記』)
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10月5日
・米、ニミッツ太平洋方面総司令官、ギルバート攻略「作戦13=43号」(ガルバナック)正式発動
作戦の主目標は、ギルバート諸島の中で日本軍が大型飛行場をもつ基地を設けたベチオ島。
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10月5日
・イギリス、在ロンドン・ポーランド亡命政府首相ミコワイチック、イーデンに対しソ連・ポーランド間の外交関係の重要性認めるも国境問題の議論には反対、米英連合軍とソ連が共にポーランドに入ることを要求
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10月5日
・イギリス、ポーランド亡命政府最高司令官ソンコフスキ将軍、国内軍司令官ブル・コモロフスキ将軍にソ連がある政治的条件を満たさない場合は敵と見做すべきと主張
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10月5日
・ドイツ軍、コルシカ島から撤退。
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10月6日
・日本軍、ソロモン群島ベララベラ島撤退。ブーゲンビル島よりの収容隊、589人収容。駆逐艦「夕雲」撃沈。
日本軍は、ニュージョージア島喪失により中部ソロモン方面からの「転進」を決定。
6日、第3水雷戦隊指令伊集院松治大佐が指揮しベララベラ島地上部隊撤収作戦決行。兵員収容には駆逐艦「文月」「夕凪」「松風」他駆逐艇5隻、内火艇3隻を当て、撤収艦艇援護には駆逐艦「秋雲」「風雲」「夕雲」「磯風」「時雨」「五月雨」の6隻を充てる。
午後8時55分、フランク・ウォーカー大佐指揮の第4水雷戦隊(駆逐艦「セルフリッジ」「シュバリエ」「オノバン」)が魚雷14本と砲撃を開始。
3分後、「夕雲」は距離2500mで魚雷8本を発射するが、米駆逐艦の砲撃も集中し被弾、炎上し落後。しかし、魚雷1本が「シュバリエ」に命中。その他、「セルフリッジ」に魚雷1本が命中し小破、「オノバン」は「シュバリエ」に追突して小破。両軍は潮が引くごとく互いに戦場離脱。
日本軍の地上部隊撤収は成功。魚雷48本のうち命中2本と精度を欠く攻撃。
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10月6日
「十月六日 (水)
近頃 - といっても大東亜戦争後、陸軍々人 - しかも少佐、中佐あたりの書いていない日の新聞はほとんどない。そこに指導者の偏在を知ることができる。
国策研究会で、大東亜行政に関する書を出そうとした。それを大束亜省が許させかった。あるいは大東亜省自身は将来を見通していたが、ただ言い出す勇気がなかったかも知れぬ。
逓信省と鉄道省との併合で、省内で大騒ぎしているそうだ。さもありなん。これで能率があがるか。さらばとて縄張り争いでもいかず。大戦争で、この国民がウンと修練することがいいだろう。」(清沢『暗黒日記』)
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10月6日
・高速力学研究所設立
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10月6日
・薬剤師会令公布
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10月7日
・ソ連軍、ドニエプル川を渡河。
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10月8日
・国際郵便貯金規則公布
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10月8日
・岸信介、国務大臣に就任。東條英機、商工大臣に就任(兼任)。逓信大臣に八田嘉明(兼任)。
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10月8日
・フランコ、対ソ戦参加のスペイン義勇軍の引揚げ要求。
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10月8日
・ドイツ『ヤーコブ』作戦(ウズダ北方地域のソ連パルチザン掃討作戦)
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10月9日
・アピ事件(北ボルネオ)。
翌10月10日の双十節(中国の革命記念日)に合わせて華僑を首謀者とする抗日ゲリラ(神山遊撃隊、キナバル・ゲリラ)約300名により約50名(一説には60名)の日本人(軍民)虐殺。
19日、日本軍により鎮定。華僑・バジャオ族等約500名逮捕投獄、約250名処刑。
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10月9日
「十月九日(土)
今朝の新聞で軍需省を中心とする改組が発表になった。中央機構などは、ない方が国家運営にいいぐらいなものだから、これを機会に懸案の廃合はいいだろう。しかしそれならば何故に外務省と大東亜省という二つの対立的存在を一緒にしないのだろうか。また陸海軍の軍務省案は如何。」(清沢『暗黒日記』)
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10月9日
・ソ連軍、クバニ半島を制圧
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10月9日
・チトー指揮パルチザン部隊、トリエステで枢軸国軍に対し蜂起
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10月11日
「十月十一日 (月)
東条首相は閣員などに対し小僧扱いにする由。近頃では知識階級でかれを高く評価するもの一人もなし。かれが領土を泰(タイ)国に与えた声明も陛下には奏上したかも知れぬが、他は相談に預からなかったらしいと。」(清沢『暗黒日記』)
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