2016年1月20日水曜日

ある一行     (茨木のり子)

皇居東御苑 2016-01-19
*
ある一行        茨木のり子


一九五〇年代
しきりに耳にし 目にし 身に沁みた ある一行
<絶望の虚妄なること まさに希望に相同じい>

魯迅が引用して有名になった
ハンガリーの詩人の一行

絶望といい希望といってもたかが知れている
うつろなることでは二つともに同じ
そんなものに足をとられず
淡々と生きて行け!
というふうに受けとって暗記したのだった
同じ訳者によって

<絶望は虚妄だ 希望がそうであるように!>
というわかりやすいのもある
今この深い言葉が一番必要なときに
誰も口の端にのせないし
思い出しもしない

私はときどき呟いてみる
むかし暗記した古風な訳のほうで

<絶望の虚妄なること まさに希望に相同じい>

     *ハンガリーの詩人ーペテーフィ・シャンドル
      (一八二三ー四九)
     *竹内好訳

       (第八)詩集『倚りかからず』(1999年10月、筑摩書房)

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