2013年5月13日月曜日

「なぜ九六条を変えてはいけないのか」(伊藤真、『世界』6月号) (その1)

「なぜ九六条を変えてはいけないのか」(伊藤真、『世界』6月号)
1 自民党九六条改憲のねらいは何か
2 立憲主義思想とは
3 各国の改正手続き
4 自民党草案における改正手続要件の問題点
(1) 憲法改正が行われなかったのは、発議要件が厳格なためではない
(2) 改正手続要件を緩和する真の意図は憲法9条改正のための下準備にある
(3) 改正手続要件の緩和は直接民主制の弊害を助長する危険がある
(4) 改正手続要件の綬和は立憲主義の趣旨を没却する
(5) 改正手続要件の緩和は憲法の安定性を阻害する
(6) 憲法違反の国会は改憲を論じる資格がない
5 改正手続要件を緩和した後の私たちの生活
(1) 多岐にわたる立憲主義否定の条項
(2) 平和主義を捨て去ろうとする態度は自民党草案9条、9条の2に示されている
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(その1)

1 自民党九六条改憲のねらいは何か

自民党「日本国憲法改正草案」(2012年4月決定)には、自民党の二つの想いが表れている。
一つは、日本古来の伝統をふまえた自主憲法を制定したいという自民党結党のDNAともいうべき想い。
もう一つは、集団的自衛権を認めたうえで国防軍を創設することによって日米同盟を強化し、アメリカからの期待に応えたいという想い。

自民党草案は憲法全体にわたる改憲を狙うものであるが、安倍総理は、「まずは多くの党派が主張している九六条の改正に取り組んでいく」と明言(1013-03-04衆議院での答弁)。
一度に全面改定を行うのではなく、まず現行憲法96条の改正手続要件を先行して緩和し、次いで他の憲法条項を次々と変えていく意図である。

2 立憲主義思想とは

民主主義国家では、国民の多数意思に従って政治的なものごとが決められていく。
もちろん、日本の政治制度もそうである。

では、多数意思は常に正しいのだろうか。

その時々の多数意思が過ちを犯す危険をもつことは、ナポレオン帝政やナチスドイツに見るように歴史の示すところ。
国民の多数が熱狂的に戦争を支持した戦前の日本も同様。

不正確な情報に踊らされ、ムードに流され、目先のことしか見えなくなり、冷静で正しい判断ができなくなる危険性が、私たちの社会にはいつも付いてまわる。

それを避けるために、人間の弱さに着目して、あらかじめ多数意思に基づく行動に歯止めをかけることが必要であり、その仕組みこそが憲法である。

多数決で決めるべきこともあるけれども、多数決で決めてはいけないこともある
多数決でも変えてはならない価値を前もって憲法の中に書き込み、多数意思を反映した国家権力を制限する。
これが立憲主義という法思想である。

立憲主義とは、すべての人々が個人として尊重されるために、憲法を最高法規として国家権力を制限し、人権保障をはかる思想である。

3 各国の改正手続き

通常の法律よりも厳格な改正手続きが定められている憲法を硬性憲法という。
世界各国の憲法は概ね、硬性憲法である
(軟性憲法はイギリス、イスラエル、ニュージーランド、タイ)。

ただし、厳格さのバリエーションは国や時代により異なる。
①型 議会の議決手続きについて、表決数などを通常の法案の議決よりも加重するタイプ
②型 通常の法律とは異なる特別の憲法会議で決定するタイプ
③型 通常の法律とは異なり国民投票で決定するタイプ

①型はヨーロッパの憲法に多くみられ、様々なバリエーションがある。
例えば、表決数を3/5に加重する国として、チェコ、スペインなどがあり、2/3に加重する国として、ドイツのほかポルトガルがある。


ドイツの憲法改正手続きは、両院の2/3以上の賛成によってなされる。
1990年の東西統一以降、基本法は12回改正されている。

スペインでは、可決された改正案をさらに国民投票にかけること(改正内容が人権条項等、一定の事項に及ぶときには、表決数が2/3に加重されたうえ、選挙後の議会での再議決と国民投票)が求められる点でいっそう厳格
(①かつ③型。このように上記①~③型は重なり合うこともあり、その関係は「かつ」の場合も「または」の場合ある)。
現行のスペイン憲法は2011年に2回目となる改正が行われている。

また、表決数を加重する以外に、議会の再議決を求めるタイプもある。
例えば、ベルギー、アイスランド、フィンランド、オランダなどでは、議会が改正案を可決した後、解散して選挙を行い、選挙後の議会が改正案を2/3で再議決すれば改正される。

アメリカ合衆国憲法の修正(改正)には、発議と承認について二つの方法があるが、通常の発議は「連邦議会の両院の2/3の賛成」によって行われ、それを「全州の3/4の州議会の賛成」によって承認する方法をとることが多い(①型)。
この方法に従って、1945年以降、6回修正された。
他の方法として、「2/3の州議会が発議し、連邦議会が招集する憲法会議による提案」による発議、「全州の3/4の州の憲法会議の賛成」による承認もある(②型)。
ドイツと同じく国民投票が行われないのは、連邦制を採用しているから。

フランスでは、基本的には、両院の過半数で可決された改正案が国民投票にかけられ、そこで過半数の承認をもって改正される(③型)。
但し、他の方法・・・
政府が提案した改正案について「両院合同会議」で3/5の再議決を行う方法もある(②型)。
フランス第五共和国憲法は現在までに24回改正されている。

日本国憲法96条は、①かつ③型をとる。
まず「各議院の総議員の2/3以上」の賛成で発議する。表決の母数が、通常の法律案等では「出席議員」なのに対して「総議員」である点、および表決数が、通常ならば「過半数」なのに対して「2/3」である点において、議決要件を加重している(①型)。
かつ、通常の法案成立には求められない国民投票による過半数の賛成が求められる点でも厳格である(③型)。

このように、各国の憲法改正手続きには様々なバリエーションがあるが、どのような方法が妥当かは、時代や国により異なる。

あまり硬性度を強めると可変性が少なくなるので、憲法が違憲的に運用される事態を招くおそれが大きくなるし、反対に、硬性度を弱めると、憲法保障の機能が失われてしまうといわれている(芦部信喜著『憲法学Ⅰ』69~70頁)。
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(その2)につづく

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